ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

お知らせ 栃木県宇都宮市の祥雲寺(曹洞宗) | 桜や祭りが名物の寺

地域や歴史についての記事

  • 平成28年2月 観音朝詣りのお知らせ

    2016年2月17日

     

    クシナガラ涅槃堂、お釈迦さま入寂の地

     

    願わくは 花のもとにて春死なむ

    その如月(きさらぎ)の望月(もちづき)のころ

    西行法師

     

    西暦紀元前383年といわれますが、陰暦2月15日満月の夜お釈迦さまは涅槃に入られました。

    沙羅双樹のもと頭を北に顔を西に向けて臥され、急を聞いて集まって来た弟子たちに最後の説法をなされました。

     

    弟子たちよ、これからはみずからをともしびとし、みずからを拠り所とせよ。

    法をともしびとし、法を拠り所とせよ。

    とおっしゃられた後、修行者の修めるべき八つの道を説かれました。

     

    小欲(欲少なく)、知足(わずかなものにも満足)、寂静(心の平静)、精進(良いことをするのに勇敢に)、不妄念(真理を常に心に念じ)、禅定(心静かに瞑想する)、修智恵(諸々の智恵を常に修行する)、不戯論(無益の論をなさない)

     

    このお釈迦様の最後の教えには理屈として難しいものは何一つありません。

    真の道を求めて精進努力することの大切さを教えられたのです。

     

    精進努力は仏教では勇気を意味します。

    自分の殻(カラ)を破って前に進む。

    それは勇気に他なりません。

    殻(カラ)を破ることは新しい自分を作り出すことです。

    常に勇気をもって自分自身の人生を創り出してゆく、そこに人として生きる喜びもあると思います。

     

    釈尊を慕い漂泊の一生を遂げた歌人西行法師の命日は二月十四日です。

     

    平成28年2月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の観音様の朝詣りは午前9時から行います。

     

  • 平成28年1月 観音朝詣りのお知らせ

    2016年1月17日

     

    元朝大祈祷。夜を徹して祈祷し、そのお札をお檀家に配っています。

     

    一生の年月これ何ぞ必(ひつ)ならんや

    万事(ばんじ)回頭(かいとう)するに得失(とくしつ)に非ず(道元禅師の言葉)

     

    明けましておめでとうございます。

     

    この道元禅師の言葉は、四行からなる漢詩の前半です。

    「人生において、こうすれば必ず幸運が訪れるという方法などありはしない。過ぎさったことを振り返ってみれば、これがうまくいった、これは失敗だったと決めつけることは誤りである。」という意味です。

     

    我々が無常の世に生きている身であってみれば、よかれと思ってしたことも運悪く失敗の原因となってしまったり、失敗と思っていたことも長い目で見て人生の糧となっていたりすることは数多くあります。

    要するに、人生を人間の知恵で解明することなど出来はしないのです。

     

    さて、実はこの後が道元禅師の大切な教えで、詩の後半には、それかからこそ私たちは仏様の教えに適った善きことをなしていかなければならないとお説きになっています。

    人生すべて運次第と思って、成り行き任せで生きていくか、日常の一刻一刻を大切に生きていくかは、人それぞれです。

    しかし一所懸命生きていけば、たとえどんな運命が待っていようとも、人生の充実は残ります。

     

    得るところ少なくとも、その得るところを軽んずるなかれ

    (中村元 『真理の言葉・感興の言葉』より)

     

    平成28年1月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    寒さが厳しくなっておりますので

    18日の観音様の朝詣りは午前9時から行います。

     

  • 平成27年12月 観音朝詣りのお知らせ

    2015年12月13日

     

    庫裡の前の舗装工事。大谷石を外してアスファルトを敷きます。

     

    工事の為今週は坂上に駐車できなくなります。

     

    12月1日、無縁供養の日に、羅漢の会(祥雲寺石彫会)の人達が一年がかりで彫っていた12体の羅漢の開眼・安座の法要を修行しました。

    これまでに完成した像の数は404体。

    ようやく400体を超えました。

     

    本堂に向かって左側に並ぶ十六大阿羅漢像は、羅漢会の人たちが共同で2年間を掛けて彫刻士、平成14年に開眼されたものです。

     

    その時には、完成を記念して、羅漢の会メンバー20名と大分県の石仏巡拝の旅をしました。

    大分県にはたくさんの磨崖仏があります。

    特に県北東の国東半島は神仏習合であった宇佐八幡宮の道場として天台密教の系統に属する仏像がたくさん彫られており、まさに仏の国の趣でした。

     

    また県南部にはそれとは別の系統に属する芸術性の高い石仏群があります。

    中でも平安時代から鎌倉時代にかけて彫られたという臼杵石仏は、磨崖仏としては日本唯一の国宝に指定されています。

    平安後期、京都では仏師定朝によって寄木造りによる国風の優美な仏像彫刻が完成されました。

    臼杵の石仏は、その様式を受け継いでおり、なおかつ石像らしい力強さを兼ね備えている日本石像彫刻の最高峰のものだそうです。

     

    それより以前に、檀家の方達とインドを旅してカジュラホー、エローラなどのヒンズー教の素晴らしい石像に驚嘆したことがありますが、日本にもこんな素晴らしい石像があったのかと感激したものです。

     

    時代、国、宗教は異なっても、祈りを込め像を作り上げる人間の営みに変わりはありません。

    世界にはイスラム教、キリスト教など、偶像崇拝を否定する宗教もあります。

    しかし、像には人間の魂の奥底を揺さぶるものがあります。

    わたしには、敬虔な信仰に支えられた像はそれ自体が崇高なものだと思えるのです。

     

    平成27年12月13日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の観音様の朝詣りは午前6時半から行います。

     

  • 平成27年11月 観音朝詣りのお知らせ

    2015年11月15日

     

    ご詠歌の練習会。

     

    毎月一回行っています。

     

    平成の初めごろ、祥雲寺の西国霊場を建立に当たって、庭師の佐藤明さんという方にたいへん世話になりました。

    佐藤さんは石屋の金野さんと共に西国巡礼に同道して各霊場の雰囲気を身に感じ、それをもとに庭木や築山の配置を考えてくれたのです。

    その佐藤さんから聞いた庭造りについての話です。

     

    施主の意向をよく聞き、その目的に沿って、庭のある場所の地形、土質、日当たり、さらにはそこから見える景色まで考えに入れて構想を練り作業を進めていきます。

    将来この庭がどうなるのかを思い描きながら仕事をすることは庭師冥利に尽きるし、そうして苦労をした庭には後の手入れにも身が入ります。

     

    しかし何年かすると庭が独り歩きを始めてしまい、思い通りにならなくなります。

    それでも愛着のある庭ですからさらに手入れを続けていくと何年かして最初に思い描いたものとは全然別のものになってしまいます。

    ですがその庭は決まってはるかに素晴らしいものになっているというのです。

    それを佐藤さんは「時のたつのは素晴らしい」と表現していました。

     

    ものを育てるには愛着がいります。

    植木屋さんが細かい手入れを続けられるのも自分の造りだしたものに対する愛着あればこそでしょう。

    ところで、庭が一人歩きを始めたときに、思い通りにならないといって手入れを止めてしまったり、無理やり自分の思い描いたとおりにしようとしたらどうでしょう。

    素晴らしい庭には決してならない筈です。

     

    庭木への手入れは子供へ愛情をそそぐことにも似ていて示唆に富む話だと感銘を受けました。

     

    平成27年11月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の観音様の朝詣りは午前6時半から行います。

     

  • 平成27年10月観音朝詣りのお知らせ

    2015年10月14日

     

    10月1日、梅花特派講習会(トップクラスのご詠歌の先生に教わる機会です)

     

    長崎市地蔵寺の塩屋先生から教わっています。

     

    境内を飛び交うカラスの数が近年とみに増えました。

    ねぐらは2キロ以上北の山にあって、祥雲寺は町への通り道に当たり、夕方裏山に何百羽と集まって一休みし、いっせいに飛び立つさまは壮観です。

     

    現代ではカラスは嫌われ者になってしまいました。

    町中にカラスに荒らされたゴミ袋の残骸を見かけます。

    農村の果物、作物の被害も甚大です。

    お寺でも、墓地に上げた花が抜かれて散らかされます。

    それどころか、ステンレス製のネジなしの花立てが持っていかれることもあります。

    光るものに興味があるのですね。

    ともかくいたずらで油断も隙もあったものじゃない。

    にくらしい。

     

    しかし、カラスは昔から特別な能力を持った鳥として、世界のどこの国でも一目置かれてきました。

    神話の八咫烏のように神の使いとされ、あがめられることが多いのです。

    真っ黒な姿で腐肉を食うことから死に神を連想し、不吉なものとされもしますが、それはまたあの世とこの世を結ぶ生き物とされ畏敬されることでもあったのです。

     

    カラスは知恵のある鳥です。

    感情をもってお互いに声を掛け合っているそうです。

    必要に応じて集団で敵に立ち向かったり、助け合ったりします。

    夫婦つがいで子を大事に育て、母ガラスが巣立ちさせる様子は「カラスの子別れ」という言葉があるように昔から人の知るところでした。

    私は本堂の前で、二羽のカラスが供えた花を引き抜いて空中でキャッチボールのようにして遊んでいるのを見たことがあります。

     

    人間のすぐそばにいて、人間と通じあうような生き方をしている。

    それが「夕焼け小焼け」や「七つの子」のような親しみを込めた童謡になったのでしょう。

     

    カラスの数が増えるのや、人間の出す大量のごみが原因らしい。

    鳥は飛ぶために身軽でなければならない。

    食いだめができないから、残飯などが少なくなれば自然に数が減るはずだといわれています。

     

    人間の生活を改めることによって、本来あるべきカラスと人間のよい関わりが復活すればいいなと思います。

     

    平成27年10月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の朝詣りは午前6時から行います。

     

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