ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

祥雲寺の風景 栃木 宇都宮 祥雲寺 | 桜や祭りが名物の寺

祥雲寺の風景の記事

  • 30年5月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

    2018年5月27日

     

    五月晴れの境内

     

    正に良薬を事とすることは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為なり。

     

    五観の偈

     

    先月に二つの仏教研修会に参加しましたが、そのどちらでも強調されていたのが「仏教は禁欲ではなく制欲、欲を制御していく」という点でした。

     

    欲は人を惑わすものですが、人を生かしているのもまた欲です。

    故に欲を程々に抑え、過度の欲に惑わされない習慣を身に着けていくのが仏教の修行となります。

    上記の「五観の偈」は食事の際の心得を5か条であらわしたもので、その内の4番目になります。

    生き物は皆、食べなければ弱り、死んでしまいます。

    それを病とみなし、死を「形が枯れる」形枯と形容して、食事を病に対する薬と心得ていただくように、と書いています。

    それは、食欲こそが他のあらゆる欲求の起点となる欲であるからこそです。

    故にこそ、過度の貪りに陥ることが無いよう、薬と心得て用法容量を考えることの大切さを説いています。

     

    私が20代のころにこの言葉を聞いても、さほどの感銘を受けることはありませんでした。

    しかし、30も半ばを過ぎた今になってみると、以前よりも重くこの言葉が響くようになりました。

    それは、若さに由来する驕りが抜けてきて、薬の大切さが身に沁みる年代になったことも大きく関係しているのでしょう。

    ですが何より一番の要因は、形枯つまり枯れていくことを意識するようになったからです。

    人は皆生まれ育ち、枯れて死んでいく。それは避けられないものなのだから、ならばこの形枯、老いに真摯に向き合わなくてはならない。

    そう思い、良薬を事としなくてはと考えてみると、過食の欲求はいささか遠くに感じるようになりました。

     

    今の時点でこのような感想なわけですから、40代になってみるとまた違う感想になるのかもしれません。

    願わくはこの5か条の5にあるように、仏道を成ずる為に食を戴く、という心境に近づけるよう、今日も精進を心掛けたいです。

     

    祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。

    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。

    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。

    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

     

    日時:5月28日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)

       6時30分~7時10分(一回目の坐禅)

       7時20分~8時(二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。

    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

     

    注意:初めての方は最初に指導を行います。

    その為可能ならば一回目の坐禅から参加されてください。

     

    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

     

  • 30年4月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

    2018年4月21日

     

    今年は暖かい日が続いたので

    例年より藤の花も早く咲き始めています。

     

    本堂前のツツジも色鮮やかに咲き始めました

     

     

    四諦「苦集滅道」

     

    お釈迦様は出家をされ、最初は苦行の世界に道を求めました。

     

    当時インドでは、肉体を不浄なものとして痛めつけることで清らかなるを目指す、という考え方のもと、多くの修行者が苦行に励んでいたようです。

    その中でお釈迦様は6年間苦行に明け暮れますが、肉体を苦しめる道に答えを見出すことは出来ないとして苦行をやめ、菩提樹の下での坐禅に臨み悟りをひらかれました。

     

    お釈迦様の悟りとは、この世が無常であるということです。

    すべてのものは変化していきそのままであることはなく、だから思い通りになるはずもない。

     

    そんな中で私たちはどうやって生きたら、どうしたら安心を得ることが出来るのか。

    それを説かれたのが四つの真理、四諦という教えです。

     

    世に苦しみ(苦)がある。心を悩ますことがある。

    それはこの世の全てはつながり、縁起によって集まって存在している(集)から確固とした永遠不滅のものはなく、故に望むままには生きられない。

    そんな中でどうしたら苦しまずに生きられるのか、望ましい状態になれるのか、苦しみから離れる(滅)ことができるのか。

    それには中道(道)を歩むことだ。偏らない、拘らない、捉われない生き方をすることだ。

     

    欲に振り回されることで執着が生まれ、迷い惑い苦しむことになります。

    だから欲に振り回されない人間になるように、生活を正し、正しい習慣を身に着けていく。習慣づけていく中で心が正され、それが心の平安「平常心」へとつながるのです。

     

    仏道修行とは日常生活でいかに己を律し、正しい習慣を身に着けて生活できるようにするか、なのです。

    それを説き、実践する道場としてお寺が有れる様、今日も精進を心掛けたいです。

     

    祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。

    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。

    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。

    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

     

    日時:4月23日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)

       6時30分~7時10分(一回目の坐禅)

       7時20分~8時(二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。

    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

     

    注意:初めての方は最初に指導を行います。

    その為可能ならば一回目の坐禅から参加されてください。

     

    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

     

  • 祥雲寺の天然記念物、しだれ桜の開花状況(平成30年3月31日)

    2018年3月31日

     

    今年は開花が早く、早くも満開を迎えました。

    今日明日には散り桜となっていく様子です。

     

    他の桜はちょうど見ごろですので境内の写真をあげておきます。

     

    満開をそろそろ過ぎるしだれ桜

     

    本堂二階から見る春の境内

     

    29番の観音様と石割り桜、本堂。

     

    観音様の土台の石垣を割って大きくなりました。

     

    本堂前の十六羅漢さま

     

    境内の裏手、新しく工事中の羅漢渓

     

    造成中の永代供養墓と新規の墓地区画

     

    永代供養の土台は完成しました。

     

    来年度中には受付を始めたいです。

     

    今日はいいお天気の春日和です。

     

    石堀の会「羅漢の会」でも花見で宴会となりました。

     

  • 祥雲寺の天然記念物、しだれ桜の開花状況(3月29日午前)

    2018年3月29日

     

    今年は寒かったため開花が遅れるとも思っていましたが

    三月に入ってから大分暖かい日が多かったためか、例年より少し早めの見頃を迎えました。

    週末が満開となるのでしょう。

     

     

  • 29年5月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

    2017年5月21日

     

    庫裡裏手、藤棚の藤

     

    GW中の数日だけの見頃

     

     

    「喫茶去」 『五灯会元』

     

    本日祥雲寺では茶道教室の方たちが茶会を行い、大勢の来客に茶をふるまわれています。

    この席に掲げられた扇子に書かれた禅語が「喫茶去」です。

     

    その昔、中国の老僧が、立場も年齢も違う3人に変わりなく

    喫茶去「まあお茶でも一服召し上がっていかれなさい」

    と声を掛けられた故事に由来します。

     

    身分の貴賤を図らず、年齢の長幼を計らず、利益の多寡を問わず、分別の無い真心からのもてなしを示す言葉として用いられる言葉です。

     

    茶道はその成り立ちから、禅の思想を色濃く取り入れています。

    「一期一会」などはその代表格でしょうか。

     

    計らいの無い、無心の働きがもたらす自由豁達の境涯を目指したその歴史的経緯から禅宗、寺院とは大変に近しいので、行っていること一つ一つが大変勉強になります。

     

    そして何より、お茶をいただくこの一時の妙味、「静けさを味わう」という点は変わりのないものだ、と改めて確認することが出来ました。

     

    祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。

    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。

    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。

    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

     

    日時:5月22日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可) 既に終了

       6時30分~7時10分(一回目の坐禅)

       7時20分~8時(二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。

    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

     

    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

     

祥雲寺行事案内

祥雲寺で行ってる月例行事や年間行事、その他法要・祭りなどについてのご案内です。 行事カレンダーもご確認ください。