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平成23年8月朝参りお知らせ
2011年8月17日8月13日10時より、本堂前にて迎え火
東日本大震災から早くも5ヶ月が経ちました。
テレビを付けると、被災地ではボランティアの人たちの手を借りて倒れた石塔を起し、お盆を迎える為の準備をしていました。
今年は、2万名余の人々の初盆になります。
被災地の人にとってあの惨禍の記憶はあまりに生々しく、涙つきないことでしょう。
心から同情し、お慰めを申し上げます。
あの地震が起こった時、私たちはこれは日本の大きな転換点になると感じました。
1990年代からの経済の停滞があり、リストラ、失業率の上昇など明るさの見えない社会状況が続いています。
政治では、55年体制といわれる自民党中心の政治が、国民のニーズに対応できなくなりました。
そして変革の期待を担って登場した民主党政権ではひどい失望を味わっています。
戦後社会への行き詰まり感があり、私たちの心の中に醸成されていた変革への思いが、未曾有の天災に直面し、より強く意識されたのだと思います。
行き詰まり感は、これから先は国が衰退し国民も窮乏に向かっていくのではないかという不安感であり、変革を願いつつも先行きがいっこうに見えてこない焦燥感です。
しかし、ここに来て、私たちがなすべきことがはっきりしてきたのではないでしょうか。
それは、勤勉、忍耐、協調、団結、信頼、思いやりなど、昔から培われてきた価値観に基づく行動です。
困難に耐えて頑張っている被災地の人たち、全国各地から駆けつけたボランティア、あるいは不遇をものともせずに団結して世界一になったなでしこジャパン、これらの人々の姿の奥には昔からの美徳が息づいているし、私たちはそのことに共感し感動しています。
8月15日の何もかも失った時から出発した日本、、原点に還って再出発していく勇気を持とうではありませんか。
平成23年8月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の観音様の朝詣りは午前6時から行います。
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平成23年7月朝参りお知らせ
2011年7月14日境内の池に咲く蓮の花。昨年より3日遅く7月10日開花。
7月12日、宇都宮仏教会主催の戦災犠牲者追悼法要が、市内宝蔵寺を道場として執り行われました。
昭和21年以来毎年、遺族をはじめとして関係諸団体の代表も参列して続けられているもので、昭和40年代までは宇都宮市との共催の行事でした。
太平洋戦争では、日本の多くの都市がアメリカによる空襲を受けました。
八万数千人が死亡した昭和20年3月9日の東京大空襲、広島、長崎、の原爆では一瞬にしてそれぞれ十五万人近い人が亡くなりました。
7月12日の宇都宮空襲は面積当たりで東京空襲の倍以上の爆弾が落とされ、600人余りの人が死にました。
田川の川面には火を逃れようとして水死したたくさんの遺体が浮かびました。
戦争はどんな場合でも悲惨なものですが、無差別爆撃の犠牲になった人々にたいし、深い哀悼の意を抱きます。
法要終了後は、参加の仏教会寺院は二手に分かれ、黒崎会長以下は市北山霊園の戦災犠牲者の慰霊塔に詣で、若手は市内で東日本大震災義援の托鉢を行いました。
遠く66年前の無辜の犠牲者を悼み、今また、新たなる災禍に対しては、立ち直っていかなければならない人々へ少しなりとも手を差し伸べたいとの思いによるものでした。
8月6日に予定されている恒例の川施餓鬼灯篭流しも、今年は御霊(みたま)祭り精霊供養に加えて、震災犠牲者追悼の行事として行います。
もともと灯篭流しは、昭和21年に空襲犠牲者の初盆供養として行われた万燈会の灯篭の一部を釜川に流したことに始まります。
戦災と震災、ともに非業に倒れた人々への追悼の祈りをささげる行事ともなりますので、たくさんの方が参加されることを願っております。
平成23年7月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の観音様の朝詣りは午前6時から行います。
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平成23年6月朝参りお知らせ
2011年6月17日5月末、本堂前広場
明治元年3月から発布された一連の神仏分離令によって、大規模な廃仏毀釈運動が起こりました。
地域差がありますが、全国ではほぼ半分の寺が廃寺となりました。
奈良の興福寺では、僧侶全員が春日大社の神職となり、堂塔は荒れるに委せる状態になりました。
中には当時奈良県で法隆寺と並ぶ大寺院であった永久寺のように、還俗した寺僧たち自らが破壊してしまった寺もありました。
神社から仏像、仏具を排除せよとの太政官令のもと、神社のみならず、廃寺となった全国の寺々から仏像、仏画、法器、荘厳具が流出し、美術品として海外に渡ったものも数多くあります。
明治15年以降のフェノロサと岡倉天心による文化財保護への尽力がなかったら、興福寺の阿修羅像も外国の美術館に展示されていたかもしれません。
廃仏毀釈は、わが国の歴史が培ってきた文化を否定し破壊してしまったという点で、中国の文化大革命にも匹敵する愚行、蛮行です。
政治が運動の火を付け、民衆が応じた点も似ています。
背景には、徳川幕府の仏教保護政策にあぐらをかき、幕府行政の出先機関と化した寺院や、修行と教化を怠った僧侶への不信も確かにあったと思います。
しかし本質は、天皇を中心とした強力な中央集権国家を造ろうとした明治政府の思想統制、宗教統制でした。
天皇を現人神(あらひとがみ)とする国家神道を打ち立てるためには、神道の基盤である神社に人間の存在を超えた「ほとけさま」がいては、はなはだ都合が悪かったのです。
私は、神仏習合は仏教の日本的な展開だと思っています。
非常に豊かな文化を生み出してきたし、それによって仏教の本質がゆがめられたということもありません。
もとより政治は大きな力を持っていますが、それが人間の精神の営みまでも支配しようとし、貴重な文化と伝統が失われてしまったことを残念に思うものです。
平成23年6月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の観音様の朝詣りは午前6時から行います。
☆梅☆ 朝詣りの後、梅落としをいたしますので、一緒に採ってお持ち帰りください
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東日本大震災犠牲者追悼法要の御案内
2011年4月18日ようやく陽春の季節となりました。
先頃の大地震では、お怪我をされたりしませんでしたでしょうか。
幸いに宇都宮は全体的には被害の程度が軽くすんだようで、祥雲寺も数基の墓石の倒壊がありましたが建物等に被害はありませんでした。
それにしても、当日テレビの映像で見た津波の恐ろしさ、その後毎日伝えられる被災地の惨状には胸つぶれる思いが致します。
そしておそらくは三万人を超すであろう人々の死があります。
震災からちょうどひと月の今月11日、夕刻に豪雨と強い余震がありました。
豪雨はヒョウを伴って折から満開のしだれ桜の花を打ち、花びらをもぎ取りました。
非業に倒れた人々の慟哭のように思えました。
仏教徒として追悼のために誠を尽くさねばならないと思いました。
来たる4月28日は震災から四十九日に当たりますので、この日を期して追悼の供養法会を修行いたします。
また、法会に当たって、写経の功徳を以て諸精霊に回向するべく、皆様に写経をお願いいたします。
返送用の封筒を同封しましたが、参列の方は当日お持ちください。
被災地の状況はまだまだ先が見えず、被災者はもとより、直後より救援活動をしている自衛隊をはじめとする多くの人々の苦労も並大抵ではありますまい。
また、たくさんのボランティアも活動しています。
当寺の副住職淳之もシャンティ国際ボランティア会に加わって気仙沼方面で救援活動をしています。
現地に行くことのできる人は全体から見ればわずかですが、国民大多数の支援の思いがあるからこそ、救援活動が支えられています。
根本にあるのは、被災者への心からの同情と、斃れた人々への悼みです。
たくさんの方々の御参列をお願いいたします。
平成23年4月13日 祥雲寺住職 安藤明之
記
日時と場所 4月28日(木)午前11時より本堂にて
写経について
舎利礼文の写経をお願いします。
このお経は仏舎利礼拝の功徳により仏道に志し、一切の生きとし生けるものを救わんとする誓願文です。
道元禅師火葬に際し、弟子たちが読誦し供養しました。
写経は毛筆でなくても結構です。毛筆・サインペンなど太字向きと
鉛筆・ボールペンなど細字向きの二種の下敷きを同封しました。
同封の半紙に、丁寧に写し取ってください。
なお、当日9時半から毛筆での写経ができるよう、本堂1階を準備します。
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平成23年4月朝参りのお知らせ
2011年3月18日昭和40年代、年末の上野発の夜行列車は帰省の出稼ぎの人達で一杯でした。
通路や座席の下に新聞紙を敷いて寝ている人も多かった。
家に残る親や妻や子に少しでも楽な暮らしをさせたいと、後に三K(きつい・きたない・きけん)と呼ばれる肉体労働に従事し、正月を家族で祝うために帰っていく人達です。
高度成長はその前の時代の「金の卵」やこの出稼ぎの人達の勤勉さと低賃金によって成し遂げられた面があります。
都庁舎を頂点とした高層ビルが林立し、ゆたかで華やかな生活を楽しむ東京の人達はこのことをきちんと知っておくべきです。
時は移り、東北地方の過疎化は進みました。
若者の多くは都会に出て行きました。
この度の地震は残された人たちを直撃しました。
地震をレポートした外国のメディアは揃って、被災地の秩序が保たれていることを称賛していました。
悲惨きわまりない状況にあって、助け合いながらじっと耐えている姿は崇高でさえあります。
日本人の真の強さを示してくれたと言ってもよいでしょう。
三世代以上同居の家庭が意識上の標準とされ、家族の絆も地域の絆もしっかりしている東北地方だからこそともいえます。
「非業(ひごう)」とは、「業」によらない、したがって本人に何の責任もないままに人にふりかかる出来事をいう仏教語です。
平穏に、一日一日を地道(じみち)に暮らしていた人々を襲った非業の死にたいし、私には言う言葉がありません。
このお便りを書き始めた時(4月11日)に、大きな余震がありました。
その一時間前には、時ならぬ大豪雨があり満開だったしだれ桜はあっという間に雹に打たれて花がもぎ取られてしまいました。
大震災からちょうどひと月、幾万の人々の慟哭とも聞こえ、御霊の震えとも感じました。
大慈大悲のみ仏の心に願って、私たちの追悼の心を御霊に届けなければならない。
そのように思い、震災四十九日目の今月28日に追悼法会を修行することとしました。
平成23年4月15日
宇都宮市東戸祭1-1-16 祥雲寺住職 安藤明之
18日の観音様の朝詣りは午前6時から行います。