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令和2年10月 観音朝詣りのお知らせ
2020年10月25日今年の永平寺参拝の帰りに、信州別所温泉の安楽寺をお詣りしました。平安時代に起源を持ち、森閑とした境内に堂塔が立つ名刹です。国宝の八角三重塔は13世紀末の建造で、現存する日本最古の禅宗様式の建築物です。若林住職が自ら案内され説明していただきました。三重塔の屋根はサワラの杮葺(こけらぶき)で60年に一度、全面葺替えがあり、傷みやすい部分は数年に一度の補修が必要だということです。平成23年の全面葺替えの費用はおよそ一億円、6割は国が補助しますが、寺の負担も大変です。23代目住職に当たる若林師は、これまでの住職、檀信徒の労苦を偲び、この堂塔を未来に伝えていくのが私の使命ですと、静かに語られました。若林師は、国際援助団体シャンティボランティア会(略称SVA)の会長さんです。SVAは、インドシナ仏教地域を中心とするアジアの教育・文化を支援する活動をしています。この会の前身は、ベトナム戦争後のカンボジ内乱でタイに避難した難民への支援のために設立された曹洞宗国際ボランティア会です。海外で活動する団体ですが、阪神淡路大震災、中越地震、東日本大震災では被災地での支援活動をしました。戦乱後の社会基盤が未整備な地域で活動してきたので、現場に即応した効率的な活動ができます。物質的なものだけでなく、入浴や子供たちへの本の読み聞かせなど、精神のケアにまで配慮できるのも、東南アジアでの持続的な支援活動の中で培われたものです。現在のSVAは曹洞宗の枠を超えた国際的な団体となりましたが、その活動を根幹で支えているのは、曹洞宗寺院です。私は若林師と大本山総持寺で共に修行したので、人となりはよく存じており、尊敬もしています。授戒会で毎朝早く道場に行って人知れず便所の掃除をしていた人です。手柄を誇ることなど微塵もなく、黙々と僧侶の務めを果たしている、このような人たちによって内には寺院の護持がなされ、外にはSVAのような活動があることを紹介させていただきます。令和2年10月15日宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺住職 安藤明之十八日の朝詣りは午前6時から行います。お詣りの後の茶話会は、今月も中止いたします。 -
令和2年9月 朝坐禅会「指月の会」案内
2020年9月26日今年は彼岸花も咲くのが遅く、それでもお彼岸中日には花開いてくれました。
他は是吾にあらず 『典座教訓』我が宗祖道元禅師は数多くの言葉を残されており、その中でも世間に知られた言葉と思います。他の人にやってもらうのは自分がしたものではない。自らのことは自分で行う。ごく当たり前のことを言っていますが、その真意は仏道を歩む姿勢そのもののあらわれであると思います。禅師が中国に留学して学んでいた際、あるお寺であったエピソードです。暑い時文、真昼の太陽が照っている中、日差しを浴びながら庭で椎茸を干している老僧を見かけられ、「貴方のような年功を積み重ねた方がこのような雑事をしなくても若い者にでも任せればよいのでは」という趣旨の言葉をかけられて、それに対して老僧は「他人にやってもらったのでは自分でしたことにはならない(他は是吾にあらず)」と返されたそうです。自らが成すべき事を、行う。自らの本分を全うする。当たり前のことに聞こえますが、そこにやらない理由をつけてしまう事を、私たちは当たり前のように行っています。それは惑わしとなり、煩い悩ますものとなりうるものです。身分や長幼の序等に依らず、成すべき時に成すべき事を自らが成せるように行う。惑わされないことを身と心に習わせ慣らしていく、習慣づけていく。これこそが仏道の修行と呼ぶべきものです。心を耕すあり方そのものです。盲目的に義務を果たすロボットになれ、などと言っているのではありません。自らを惑わす怠け心に陥ってはいないか身心を常にチェックして、出来ることを出来るときにやらず何時行うのか、ハッパをかけるように自身を鼓舞し習慣づけていく。そうすることで自らを良く整えていく。自らのなすことのみが自らに帰結するのですから。祥雲寺副住職 安藤淳之28日の朝坐禅会も6時半からの一座のみとなります。 -
令和2年9月 観音朝詣りのお知らせ
2020年9月26日今年のお施餓鬼は代表となる総代役員さん参列のもと行いました。
栃木県は幸いに天災に見舞われることの少ない県です。それでも、「明治35年の大暴風」と言われて語り継がれてきた災害がありました。調べてみると明治35年9月28日午前8時に房総半島に上陸し、東京、足尾付近と北上、11時には新潟から日本海に抜けた猛スピードの台風でした。大きさも豆台風といってよいものでしたが、西日本に同じく北上する別の台風があって、その相乗効果で通り道の東側に当たる茨城、栃木に猛烈な風雨をもたらしたのです。筑波山で風速72メートルを観測しました。近年になって、被害が大きかった足尾に因んで足尾台風と名付けられたそうです。昔、年寄り達から明治35年の大暴風で家が吹き飛ばされたとか、大木が折れてしまったという話を何度か聞きました。その中に、長岡の太子堂の話がありました。太子堂は、その名の通り聖徳太子を祀るお堂です。大坂の陣の後、石川内膳以下11人の主従が聖徳太子の孝養像を背負って長岡村に到来し、お堂を建てて祀ったとの言い伝えがあります。33年に一度、御像は開帳されます。このお堂も大暴風で倒壊したのです。当時、仮の普請をしましたが、本格的に再建されたのは平成2年のご開帳の時です。長岡地内を流れる江川の水利に因んでお金が入ったのを元手に、寄付を募り、長岡町住民全体の力で成し遂げられました。申すまでもなく聖徳太子は日本国を仏教の理想に基づいて造りあげようとした人です。度量衡を定めた方とされましたから、大工さん、石屋さんなど職人さん達の神様ともされました。観音様の生まれ変わりともされて信仰されました。およそ400年の間には、飢饉や疫病の蔓延もあったはずです。困難にあっても信心は続く。そこに助け合いや思いやりも保たれてゆく。日本の大切な財産です。令和2年9月15日宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺住職 安藤明之 -
令和2年8月 朝坐禅会「指月の会」案内
2020年8月23日威儀即仏法8月になってから大変暑い日が続いています。加えて新型コロナへの対処から暑い最中でもマスクをつけなくてはならない場合も多く、より一層体調に厳しい夏となりました。先日人数を少なくしてのご供養の法要をお勤めしました。11時頃の気温が高い中大汗かきながら来られた方から「ネクタイってつけなければいけませんか?」との質問を受けました。私は「法事などで服装を整えるのは仏さまや亡くなられた人にしゃんとした姿で向き合う、礼をとる姿で臨むためですが、この暑い最中に服装に気を遣って体調を損なってしまうのは誰も望まないと思います。一番大切なのは臨むに当たっての心構えなのですから、今日は心のネクタイを締めるつもりで臨まれればよろしいと思います。」といった事をお答えしました。曹洞宗には威儀即仏法という言葉があります。日ごろの身なりや立ち居振る舞い一つ一つを整えることこそ心を整える大切な修行である、という意味になります。日々の行いの積み重ねが私という人間を形作っていく。ならば私を心穏やかな、落ち着いた整った人間にしようとするならば日々の行い一つ一つを整えていくことが必要となる。だからこそ私たち禅宗のお坊さんは一挙手一投足を厳しく整える修行生活を行うのです。ですが心を整える為に行う事が健康を損ねてしまうのは、本末転倒と言うしかありません。仏教の行事や教えは、常に心をどう整えるかが肝なのですから、肝心なところを踏まえているならば臨機応変で何も問題ないのです。「こうでなければならない」等という固定観念こそ、心を整える実践たる仏道を最も損なう思い込みであり、元来自由闊達である心を閉ざす檻となることを注意すべき処です。祥雲寺副住職 安藤淳之明日の朝坐禅会は本堂2階の広い空間で行います。 -
令和2年7月 朝坐禅会「指月の会」案内
2020年7月26日謹んで大衆に申す生死事大 無常迅速各々宜しく星醒すべし謹んで放逸なることなかれ僧堂で鳴らす板に書かれる警句私の坐禅の師、福井御誕生寺の板橋興宗禅師が7月5日に遷化されました。修行を終えても僧侶としてのあり方に迷っていた私に道を示して下さり、お膝元で2年ほど再度修行の機会をいただきました。禅師様には沢山のことを学びました。寂寥の思いは募れども、別れに際して思うのは上記の「無常迅速」でした。お釈迦様は2600年の昔、80年の人生を歩まれ、沢山の弟子に看取られる最後であったと言います。弟子達が惑うことの無いよう、これまで説いた教えを要約して語られ、そして最後は自らの死に様を示す無言の説法であったそうです。人は誰しもが死ぬ、死とはこういうものだ、だからこそ生きている今怠ること無く務め励み精進して修行を成しなさい、と。以来仏教徒の姿勢とはかくの如くで、上記の警句はそれを受けて中国で書かれ、今日も修行道場で心すべき警句として用いられています。禅師様は本当に様々な手本をお示し下さいました。その手本を、今度は自分がこの身で実践し、能うならば示していくべく務めていく番が巡ってきました。教えは人生に生かされてこそのもので、そして歴代の仏祖は実践の中で教えを伝えてきたのですから。禅師様の教えを実践する中に、仏と成られた禅師様の命がきっと息づいていることを私は信じています。祥雲寺副住職 安藤淳之明日の坐禅会は本堂二階、広い空間で間隔をあけての坐禅となります。


