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平成30年1月 観音朝詣りのお知らせ
2018年1月13日折り紙教室
花祭りの飾り花
釈迦牟尼仏 明星を見て悟道(ごどう)してのたまわく、
我と大地有情(うじょう)と同時に成道す(瑩山禅師 伝光録)
お釈迦様が悟られた御様子を伝える言葉です。
王子の位を捨てて苦行すること六年、苦行のみでは悟れないと感じたお釈迦様は、修行の地、前正覚山を下り、村の娘スジャータから乳粥の供養を受けられた後、ブッダガヤの菩提樹の下で禅定に入られました。
魔王たちはあらゆる誘惑と脅しと恐怖を以て悟りを妨げようとします。
それらの全てを制して、暁の明星が燦然ときらめく中にお悟りを得られた、これが仏伝に記されるお悟りの様子です。
我と大地有情と同時成道とは、悟りの世界に立たれた、その境地からは、天地万物、生きとし生けるもの全てが悟りの世界にある。という意味でしょうか。
仏像では、お悟りを得られた時の姿は、禅定印を解いて、右手の指先を大地に付ける触地印(そくちいん)で表されます。
経典には天魔の誘惑に対し大地の神がお釈迦さまを護っていることを示したとあります。
私には天地万物悟りの世界で一体なるを大地の感触を確かめることで示されたように感じられます。
梅花流御詠歌では
明けの星 仰ぐ心は 人の世の 光となりて 天地(あめつち)にみつ
とうたわれます。
釈尊の成道(じょうどう)によって天地万物が悟りの光に輝いているよろこびを詠っています。
皆様が仏の慈悲につつまれお幸せに、そして輝かしい年でありますことを、年頭に当たり、祈らせていただきます。
平成30年1月13日 祥雲寺住職 安藤明之
今回の朝参りは午前9時から行います。
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12月1日、無縁供養水子地蔵尊例祭
2017年12月19日毎年12月1日は祥雲寺無縁供養、水子地蔵尊供養の日です。
祥雲寺の無縁供養は天明年間(二百二十年前)に起源をもつ伝統行事です。
私たちは普段の行いとして親類縁者の為の供養(一周忌等の年回供養)を行いますが、無縁供養は直接のつながりがなくとも自分たちに恵みを与えている諸々に、そして天地万物に対して行われる報恩感謝の供養です。
この日に合わせて祥雲寺石彫り会「羅漢の会」の石仏の点眼式、水子地蔵尊の供養、また来山して頂いた皆さんに楽しんでもらえるよう演奏会を行っています。
石彫会による500羅漢の点眼式
新しく彫られた羅漢さま
無縁供養塔前での式
御詠歌講の方たちとお唱えしながら巡ります。
水子供養
宇都宮シルバーアンサンブルの演奏。
皆で昔懐かしの歌を合唱しました。
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平成29年12月 観音朝詣りのお知らせ
2017年12月16日祥雲寺陶芸教室作品展示
今上陛下が退位され、再来年の五月一日に新陛下が誕生します。
即位の儀礼について、新しい時代に即したものにするという見出しが新聞に載っていました。
儀礼の中で最も大切なものは大嘗祭です。
皇居に大嘗宮が設けられて行われます。
祭礼の次第は一応公表されていますが、詳細は伏せられているので秘儀とされるものです。
そのため、戦前から現代まで多数の学者がその意味を考察しています。
いろいろな説があるのですが、ともかく皇位を継承するに当たっての宗教的な儀礼であることは否定できないことでしょう。
ここで問題が生まれます。
それは、国がいかなる宗教的活動もしてはならないという憲法の規定があるので、大嘗祭のために国費(税金)を使えるかという疑問です。
これについては、是とするにせよ、非とするにせよ、法律家を始め、識者からいろいろな意見が出ると思いますが、私は公費の出費はあってしかるべきであると思います。
それは、全体として日本国民は象徴としての天皇を受け容れているという現実から来るものです。
敗戦の時、天皇制が廃止される可能性はあったはずです。
そうならなかったことにより歴史と文化の総体としての日本国が存続できたと私は思います。
また、そこから生まれた安定した国情が戦後の復興と繁栄に大きく寄与したとも思います。
天皇の権威がどこから来ているのかを理屈でもって示すことはできません。
今日、天皇が神であると思っている人は殆どいないでしょう。
私は昭和天皇に対しても今上天皇に対しても敬愛の念を持っていますが、お二人とも同じ人間です。
しかしその人が国の象徴という特別な存在になるのは、何らかの儀式が必要であると思うのです。
そしてその儀式は伝統を踏まえたものであり、宗教性を帯びることは自然なことと思うのです。
人間は宗教性を持った生き物です。
今日、さまざまの人が声高く叫ぶ、宗教性を排除することが正しいとする言説に納得することは出来ません。
平成29年12月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の朝詣りは午前6時半から行います。
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29年11月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内
2017年11月26日無縁供養塔横の大銀杏
もうじき12月、今年も一年が過ぎようとしています。
この時期になるときまって思い返すのが永平寺での修行時代、一週間の集中坐禅修行「摂心」の時です。
お釈迦様は29歳で出家され、6年の苦行生活の後、菩提樹の下での一週間の坐禅に入り、悟りを開かれました。
その故事に倣い、禅宗の寺院では12月1日から一週間起きてから寝るまで只管坐禅を行う「摂心」という修行を行います。
15年前の私もまた、福井永平寺でこの修行を行いました。
当時の私は、坐禅が言葉ばかり先行した、無意味で退屈な慣例としか受け取ることができず、毎日の坐禅は漫然とやり過ごすものにすぎませんでした。
しかし摂心に臨み、朝3時から夜9時まで坐禅三昧ともなると、これまでのようにやり過ごすこともできず、心身の消耗にあえぐばかりでした。
数日が過ぎて、朦朧とした意識の中で、同じく消耗した仲間との軋轢に悩んでいると、ふと、それまで頭を悩ませていたあれこれがすとんと腑に落ちて、ラクに坐禅ができるようになりました。
摂心を終えて僧堂を出てみれば、福井の山中の冷たい夜気が今までと違って胸に心地よく、仏さまを模した配置の永平寺七堂伽藍が、懐の深いものなのだと訳もなく感じられる自分を不思議に思いながら床に就きました。
私が坐禅を、退屈なだけの慣例などではなく、素晴らしい行なのだと受け取れる様になったきっかけの時です。
私は永平寺できっかけを、總持寺で確信を、御誕生寺でそれを語る言葉と姿をいただくことができました。
その素晴らしさを、有り難さを多くの方に知ってもらいたい、その思いでこの十年坐禅会を続けてきました。
この時期、寒さ深まる12月を前にすると、あの時の雪降り積もる永平寺をいつも思い返します。
この道の、仏道の尊さを思い返させてくれる肌寒さを有り難く感じる自分で有る様、明日もまた坐禅に臨みたいです。
祥雲寺副住職 安藤淳之
一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。
ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。
この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。
一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?
日時:11月27日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)
6時30分~7時10分(一回目の坐禅)
7時20分~8時(二回目の坐禅)
場所:祥雲寺本堂一階
用意:身一つで大丈夫です。
足の組めない方は椅子での坐禅もできます。
注意:初めての方は最初に指導を行います。
その為可能ならば一回目の坐禅から参加されてください。
また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。
尚、12月の坐禅会は第三週の18日(月)に行います。
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平成29年11月 観音朝詣りのお知らせ
2017年11月15日境内の紅葉
寺の屋根にとまるアオサギ。
日本では仏壇と位牌をとても大事にします。
仏壇の起源についてはいろいろな説があります。
古代に帰属が仏像を屋敷内に祀った持仏堂が小型化したという説。
家の中に祀られたであろう小さな仏像がインドやシルクロードの遺跡からもたくさん出土していますから、日本だけでない古い起源になります。
お盆に先祖の御霊を供養するために設けた盆棚が家屋内に常設されるようになったという説。
7月15日に川の畔で亡き人のために供養をするのは現在のヒンズー教でも行われていますので、盆供養はインドに由来しますが、棚を設けたかどうかは分かりません。
鎌倉時代に先祖を祀るために室内に置かれた「押し板」という床の間の起源と同じものが変化したとする説もあります。
位牌は中国のものです。
死者の名前や官位を記して祭礼に用いたものですが、鎌倉時代以降に禅宗が伝え、戒名が記されて礼拝されるものとなりました。
仏壇とお位牌の組み合わせが広く普及したのは江戸時代です。
日本独自の信仰文化といっていいでしょう。
そして、とても素晴らしいものです。
何が素晴らしいのかというと、感謝を捧げるものが身近に会って、毎日少しの時間でも感謝のひとときを過ごすことができるからです。
仏教徒として正しい生き方の根本にあるのは「感謝」です。
お釈迦様は、人間がこの世の無限の恵みによって生かされていることを自覚し、生きとし生けるものと共に生きていることを喜びとすることが感謝であり、それが幸せへの道であるとお説きになりました。
仏壇に祀られている父母は、直接に私たちに命を与え育ててくれた人であり、その先にはご先祖がいらっしゃいます。
その前で感謝の思いは自然に湧き上がります。
その感謝の思いを、さらに大きな天地万物への感謝へと導いてくださるのが仏壇の中心の本尊様です。
毎朝、仏壇の香炉にお線香を立てて心を込めておまいりをすることは、私たちが正しく生きていくことができる支えとなります。
平成29年11月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の朝詣りは午前6時半から行います。