ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

栃木県宇都宮市の祥雲寺(曹洞宗) | 桜や祭りが名物の寺

新着ブログ

  • 29年6月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

    2017年6月25日

     

    技能オリンピックに向けての栃木HONDA若手坐禅会

     

     

    病んで医王に会うとも いかでかいゆることをえん。 『証道歌』

     

    以前仕事が立て込んで、忙しい状態が数か月続いていたとき、睡眠時間が極端に短くなってしまう、そんな時期がありました。

     

    体力にも余裕がなく、受け答えにも少々とげが見え隠れしてしまう、そんな状態だったので周囲の人が心配して快眠の本なるものをよこしてくれました。

     

    病人扱いされたようで少々カチンとしましたが、心配してくれたことでもあるしお礼を言って持ち帰り、読んでみました。

     

    冒頭文で、「睡眠時間の低下ははっきり病気、障害の類だ」と書かれていて、そこで初めて「ああ、自分は(程度こそあれ)病んでいるのだ」と自覚するようになったのです。

    振り返ってみれば、自分は健康体であるという驕り、そして健全でなくてはならないというバイアスが知らず心の中にありました。

    それが病人であると認識し、受け止めることでようやく、具体的な対処療法を行える心持ちになったのです。

     

    その本の中でいくつもの方法が書かれていましたが、基本的には身体と心をリラックスさせて眠りやすい状態にしてから寝る、というものでした。

     

    なので私は簡略ながら、寝床に入る前に坐禅を行うことにしました。

     

    昔脳科学者が坐禅を行っている人の脳波を調べた所、興味深いことにはっきり覚醒していながら寝ているのと変わらない脳波が検出されたそうです。

    これをどのように解釈するべきか難しいところですが、科学で明示される安楽の境地、と言ったところなのでしょうか。

     

    おかげで全面的に、とはいきませんが、ある程度睡眠も改善されるようになりました。

     

    祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。

    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。

    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。

    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

     

    日時:6月26日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可) 既に終了

       6時30分~7時10分(一回目の坐禅)

       7時20分~8時(二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。

    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

     

    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

     

  • 平成29年6月 観音朝詣りのお知らせ

    2017年6月17日

     

    石割の桜の木

     

    観音様の台座から十年かけて成長したので台座を調えなおしました。

     

    私は「忖度(そんたく)」という言葉が好きで、昔から使ってきました。

    人の心を推し量るという意味ですが、相手の立場を思いやって尊重するという語感があります。

    相手への敬意と、自分の志も保たねばならないという自戒を含んでいて、凛(りん)とした言葉だと思っています。

     

    ところが、現在かまびすしい学校開設認可をめぐる疑惑事件の報道で、一部の政治家や官僚の「忖度」は私のイメージとは違った使い方であることを知りました。

     

    テレビ番組で、政策決定のゆがみを告発した前文部科学省事務次官のインタビューを見ました。

    印象としてこの人の言うことに嘘はないと思いました。

     

    そこで気になったことがあります。

    それは、内閣府の高官が、文科省の担当者に対し

    「これは官邸最高レベルの考えである」

    というような言葉で許認可の変更を迫っていることです。

    これは、権力を持つ者が、命令ではなく、より大きな権力を持つ人の意向を伝えて、下の者に推し量らせて目的を達成しようとしているのです。

    上にいる人間の都合のよいように推し量ることができない、すなわち忖度することができなければ、不利益になるぞと脅しているのです。

     

    命令は責任が伴います。

    しかし、下の者が上の意向を忖度してそれに従った決定をするならば、言質を取られることもなく、責任を取らされる証拠も残さないで事が運べるのです。

    これがどんなに危険なことか。

    決して忘れてはならない前例があります。

     

    かつて日本が戦争へと突き進んだ時に、政界や軍や官僚機構で同じようなことが行われました。

    責任の所在が曖昧になり、結局「一億総懺悔」という言葉で、一番悲惨な目に遭った国民全体の責任にしてしまいました。

     

    そんな結果を生み出しかねない政治の手法として「忖度」が使われるのならまっぴらです。

    どんなよい言葉でも、使う人間の心根によって薄汚れていってしまう、そんなやりきれなさを感じています。

     

    平成29年6月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の朝詣りは午前6時から行います。

     

  • 29年5月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

    2017年5月21日

     

    庫裡裏手、藤棚の藤

     

    GW中の数日だけの見頃

     

     

    「喫茶去」 『五灯会元』

     

    本日祥雲寺では茶道教室の方たちが茶会を行い、大勢の来客に茶をふるまわれています。

    この席に掲げられた扇子に書かれた禅語が「喫茶去」です。

     

    その昔、中国の老僧が、立場も年齢も違う3人に変わりなく

    喫茶去「まあお茶でも一服召し上がっていかれなさい」

    と声を掛けられた故事に由来します。

     

    身分の貴賤を図らず、年齢の長幼を計らず、利益の多寡を問わず、分別の無い真心からのもてなしを示す言葉として用いられる言葉です。

     

    茶道はその成り立ちから、禅の思想を色濃く取り入れています。

    「一期一会」などはその代表格でしょうか。

     

    計らいの無い、無心の働きがもたらす自由豁達の境涯を目指したその歴史的経緯から禅宗、寺院とは大変に近しいので、行っていること一つ一つが大変勉強になります。

     

    そして何より、お茶をいただくこの一時の妙味、「静けさを味わう」という点は変わりのないものだ、と改めて確認することが出来ました。

     

    祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。

    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。

    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。

    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

     

    日時:5月22日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可) 既に終了

       6時30分~7時10分(一回目の坐禅)

       7時20分~8時(二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。

    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

     

    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

     

  • 平成29年4月26,27日 水沢正法寺参拝、東日本震災被災地慰霊旅行

    2017年5月21日

     

    本年は東日本震災から7回忌の節目の年になります。

    この年に当たり、祥雲寺檀信徒の皆さんと東北に旅行し、曹洞宗の名刹にお参りして被災地で手を合わせてまいりました。

     

    私は大震災直後、気仙沼でシャンティ国際ボランティア会の皆さんと2か月ほど支援活動を行ってきました。

     

    その折何人かから言われた言葉が

    「今は地震でがれきの山になってしまい、支援の人のおかげで本当に助かっている。

    だけどここは、自分たちの故郷は本当にいいところなのだ。

    今は無理だけど、そのうち綺麗に復興されたなら、観光にでも来てもらって楽しい思い出を持ち帰ってもらいたい。」

     

    共通していたのは、この自分たちの素晴らしい故郷を、

    震災の惨禍の地で終わらせたくない、

    大勢にとって楽しい思い出の場所としていきたい、という想いでした。

     

    この事から今回の旅行の趣旨は

    被災地支援の為、七回忌慰霊の為、そして観光で楽しい思い出を持ち帰ってもらう為とし、これらを念頭に旅行計画を組み立てました。

     

    天候にこそ恵まれませんでしたが、楽しい旅行にすることが出来て、あの折に言われた言葉にようやく答えられたかな、と思います。

     

    岩手県水沢正法寺、曹洞宗第三の本山ともいわれる名刹

     

    住職になられた栃木県小山市の盛田老師の御法話

     

    本堂で集合写真。

     

    猊鼻渓で沢下り

     

    雨の日こそなごやかに

     

    石巻市大沢小学校で慰霊供養

     

    松島瑞巌寺

     

    熟練の観光ガイドさんに大喝采

     

    瑞巌寺本堂前

     

    旅の楽しみはつまみ食いにあり

     

    松島遊覧。ビールで乾杯!

     

  • 平成29年5月 観音朝詣りのお知らせ

    2017年5月14日

     

    本堂前のツツジ

     

    今年は例年以上に色鮮やかに咲きました。

     

    名古屋市の熱田神宮の少し南よりを流れる精進川に裁断橋という小さな橋が掛けられています(今はもう流れはなく橋だけになってしまいました)。

    古くから神域に入る禊(みそ)ぎの橋であったものですが、江戸時代のはじめにこの橋を豊臣秀吉の北条攻め(小田原の陣)で息子を亡くした母親が33回忌の供養に全財産をなげうって架け替えました。

    その母親の筆になる願文が橋の擬宝珠(ぎぼし)に残されています。

     

    「天正十八年二月十八日に小田原の御陣、堀尾金助と申す十八になりたる子を立たせてより、またふためとも見ざる悲しさのあまりに今この橋を掛けたるなり。

    母の身には落涙ともなり即身成仏し給え。

    (戒名)逸岩世俊と後の世のまた後まで、この書きつけを見る人は念仏申し給へや。

    三十三年の供養也」

     

    子を失った母の悲しみと、故人の後生を願う心の痛切さが惻々として心に沁みる文章です。

    戦いに死ぬのが武士の常であった戦国の世といえど人の心に変わりはないことがよくわかります。

     

    死んだ子の供養に橋を架け替えたのには訳があります。

    橋は渡すものを選びません。

    堀尾金助は戦いに死にましたが、橋は敵も味方もともに渡します。

    人であろうと動物であろうと物であろうとわけへだてなく渡してその為になります。

    この母親は橋を掛けることによって金助が争いと恨みの岸を離れて成仏することを願ったのです。

     

    平成29年5月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の朝詣りは午前6時から行います。

     

祥雲寺行事案内

祥雲寺で行ってる月例行事や年間行事、その他法要・祭りなどについてのご案内です。 行事カレンダーもご確認ください。