ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

栃木県宇都宮市の祥雲寺(曹洞宗) | 桜や祭りが名物の寺

新着ブログ

  • 平成29年9月 観音朝詣りのお知らせ

    2017年9月20日

     

    29年8月29日 大施餓鬼会

     

    下町の屋根を 温める太陽は

    貧しくも 笑顔を消さぬ 母の顔

    悩みを夢を うちあけて

    路地にも幸のくるように

    ああ太陽と 今日もまた

    「下町の太陽」3番

     

    「下町の太陽」、私はこの歌が大好きです。

    倍賞千恵子の歌う声を聞くと、涙が出てくるくらいに。

     

    高度経済成長の始まり、所得倍増計画が打ち出された昭和30年代半ばの日本はまだまだ貧しさの残る時代でした。

    私はお盆の棚経でお檀家を巡(まわ)っていたのですが、小学校の私でも本当に貧乏だなあと感じる家がいくつもありました。

    大概は家族に病人を抱えた家だったのですが。

     

    でも、希望があった。

    廃墟から歯を食いしばって復興を成し遂げた親たち、その姿を見て育った子供たち。

    社会に勢いがあり、頑張れば未来は開けるという希望に満ちた、もしかすると一番幸せな時代だったかもしれません。

     

    最近、東京の映画館で倍賞千恵子出演の映画の特集があり、その頃の映画を続けて見ました。

    東京の下町。そこで繰り広げられるのは貧乏なればこその悲哀。

    それを乗り越えていく力の源は、家族の絆と、同じ境遇にある者たちの連帯です。

    だましあり、裏切りあり、挫折あり。

    そんな境遇を愛情と信頼と勇気で懸命に切り開いていくストーリーに胸打たれました。

    映画の中の虚構ではなく、私の周りにいた人たちのことと受け取れたのです。

     

    いま放映中のNHKの朝ドラマ「ひよっこ」も、集団就職の若者たちを主人公に昭和40年代前半の時代を描いています。

     

    現在70歳代から60歳代後半の世代の人たちの青春が、なつかしみをもって思い出される時代になったわけです。

    現在は、社会全体としてみればあの時代に比べればはるかに豊かです。

    しかし、貧困がしわ寄せされた多くの人たちが存在し、しかも若者たちが希望を持つことができないでいるように思えます。

    これをなんとかしなければなりません。

     

    平成29年9月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の朝詣りは午前6時から行います。

     

  • 平成29年8月 観音朝詣りのお知らせ

    2017年8月26日

     

    8月13日、お盆の迎え火祭壇前での読経

     

    NHKで「東京空襲が生んだ悲劇の傑作”噫(ああ)横川国民学校”」という番組を見ました。

     

    前衛書道家井上有一畢生の書です。

    小学校教師であった彼は東京本所の横川国民学校に勤務していて、ちょうど宿直の晩に東京大空襲に遭いました。

    避難してきた人たちが入った鉄筋造りの校舎に火が入り、千人余りの人たちが黒焦げになって焼け死んだ惨事に遭遇したのです。

    奇跡的に生き長らえた彼は、その時目の当たりにした光景を、30年後に400字ほどの仮名口語まじりの漢文に記し、書として発表し、世に大きな衝撃を与えました。

     

    文章に綴られている惨劇のすさまじさに戦慄を覚えます。

    それと同時に、背負い続けた思いを一文字一文字に託し、その総体として出来上がった作品に対して、もはや芸術とさえ言うこともできない、渾身をこめた魂の現れであると感じました。

     

    番組の出席者が、これは芸術ではない、供養だと言っていましたが、同感でした。

    作品全体が経文に見えました。

     

    仏教会主催の宇都宮空襲犠牲者追悼法要は7月12日に営まれていますが、毎年この日には必ず東京から来て参列しているという方に今年お会いしました。

    家が直撃を受け、隣の部屋にいた妹さんが亡くなられたということです。

    生死は紙一重、空襲を受けるその時まで、一家には団欒があり、幸せが詰まっていた。

    それが一瞬に打ち砕かれた。

    人生には起こることであり、あきらめざるをえないことであるが、生きている限り忘れない。

    その思いがあって、それが供養というものです。

     

    戦災法要の終了後、取材のNHK記者から、この法要は今後も続けていくつもりですがと聞かれました。

    私は、もちろん続けますと答えました。

    たとえ、直接の被災者が死に絶えても、その悲しみは永く受けとめていかなければならない。

    それをなし得るのは仏様であり、仏様に仕え、経を読んで供養するのが私のつとめなのですから。

     

    平成29年8月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の朝詣りは午前6時から行います。

     

  • 29年7月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

    2017年7月23日

     

    べんてん堂 旧本堂敷地に池を掘り、島の部分に建っています。

     

    「無常を観ずる時、吾我の心、生ぜず。名利の念、起こらず。」 『学道用心集』

     

    先日テレビをつけてみたら、織田信長の特集番組がやっていました。

    私も歴史好きの例にもれず、信長のエピソードに胸を熱くし、夢中になって伝記を読んだものでした。

    わけても好きな話は桶狭間の戦。絶体絶命の局面を前に「敦盛」を舞って心を定め、奇襲を成功させて天下に名をとどろかせた名場面です。

    特集番組の中では、この「敦盛」の舞いに起死回生の秘訣有り、と分析していたのです。

     

    実演を交えていましたが、能を舞うことで呼吸というのは深くなっていくのだそうです。

    脳の中で呼吸を司っている偏桃体は、同時に感情も司っています。

    感情が入り乱れているときは呼吸が早くなり、落ち着いているときは呼吸も緩やかになります。

    呼吸が深まることで感情も落ち着いていく効果をもたらすとのことです。

    お家の一大事に際し、逸る心を落ち着かせる効果がそこにあったのです。

     

    また、古文書によれば信長は「敦盛」の一番のみを舞ったそうです。

    二番三番と数を重ね複雑になれば脳内で論理を司る大脳皮質が機能する。

    そうなれば偏桃体もつられて機能してしまい心は落ち着きを持てなくなる。

    シンプルに行うことにも意味はあったのです。

     

    ここで言われていることはどれも坐禅の中で日々実感していることでもあります。

    こんなところに類似性を見るとは、と思いつつ、さらにこの番組の内容に付け加えたい点があるなぁ、と思いました。

     

    「敦盛」の内容です。

    「人生五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。

    ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」

     

    無常なる世の中にあっては人間の生死など夢幻のようなものだ。

    死に直面したとしても何ほどのことであろうか、と腹を決めたのはこの故なのではないでしょうか。

    私たちは、無常の世の中に自分の命もまた無常としてある、と実感するとき、心を惑わす様々なものから遠ざかるきっかけを得ることが出来ます。

     

    そうしたきっかけ、仏縁をもってもらう場としてのお寺の役割、坐禅会などの行事の大切さ、というのを改めて感じます。

     

    祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。

    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。

    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。

    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

     

    日時:7月24日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)

       6時30分~7時10分(一回目の坐禅)

       7時20分~8時(二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。

    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

     

    注意:初めての方は最初に指導を行います。

    その為可能ならば一回目の坐禅から参加されてください。

     

    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

     

  • 平成29年7月 観音朝詣りのお知らせ

    2017年7月15日

     

    しだれ桜下の紫陽花

     

    たまたま乗ったタクシーの運転手さんとのお話です。

     

    奥さんのお母さんの一周忌の法事に、お母さんの実家の当主を呼ばなかったことに憤慨していました。

    運転手さんは、身内、親族を大切にし、また義理を重んじる人のようです。

     

    最近、年回忌供養だけでなく、葬儀さえも家族葬という名前で、ごく限られた人だけで営む例が増えてきました。

    葬儀の中心は亡くなった人なのですから、故人と縁のあるひとに知らせるのは遺族の務めだと思うのですが。

     

    私がそんな考えを話したら、運転手さんはさらにこんな話をし出しました。

     

    一人暮らしで亡くなった親戚の女性を、その人の実家のお墓に埋葬させてもらおうとしたら断られたということです。

    お兄さんは承知したが、奥さんが反対したということです。

    このようなことは実はたくさん例があります。

    現在では、断る方が多いかもしれません。

     

    墓地の本来のあり方では、このような場合には受け入れるものとされます。

    墓地は「土」であり、土はあらゆる差別を融和してともに安らぐ所、公界(くがい)だからです。

    「母なる大地」とは、そこから作物がとれ、人類を養ってくれた所というだけの意味ではなく、人間の命の濫觴(らんしょう・始まり・源)という意味であり、死はその世界に帰るという人間の本源的な感覚がありました。

    「草葉の陰から見守る」という言葉は、死後の世界に対するこのような感覚に基づいています。

    これは、古の日本人が自然と一体となって生きてきたと云われる一つの表れです。

     

    現代では、生きている人を中心に考えることを当然とします。

    この考え方では、日本の風土の中で培われた古来からの感覚は薄れていくのは明らかです。

    葬儀・法事や埋葬についての考え方も大きく変わらざるをえません。

     

    60代とおぼしき鹿沼出身の運転手さんは、言ってみれば昔の感覚を持っている人です。

    こういう人は少なくなっていくのかもしれないが、貴重な人です。

    このような人は、きっと人の世話を親身にしてくれることでしょう。

     

    平成29年7月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の朝詣りは午前6時から行います。

     

  • 7月7日べんてん祭り

    2017年7月15日

     

    7月7日の七夕に、祥雲寺では毎年べんてん様のお祭りを行っています。

     

    祥雲寺の境内にはべんてん様のお堂が建っています。

    元々は南に隣接する昭和小学校のあたりが沼地になっていて、べんてん様はその沼に祀られていました。

     

    沼地埋め立ての後はご遷座してお堂を建ててお祀りし、毎年七夕の日を例祭日としています。

     

    べんてん堂の模様替え

     

    ご詠歌講の人たちの、べんてん様の歌唱え

     

    式衆入場

     

    参拝者への灌頂洒水(厄払い)

     

    参拝者を回っての転読

     

    御一緒に手を合わせお祈りします

     

    参拝者への挨拶

     

    昼食。今年からすり鉢灸は休止になりました

     

    午後は音楽祭。べんてん様は音楽の神様です。

     

    方々で活躍されている方を原先生が集めてくださり、立派な音楽祭になりました。

    例年は天気が崩れやすい七夕の日ですが、今年は好天の日となり、よい御祭り日和りとなりました。

     

祥雲寺行事案内

祥雲寺で行ってる月例行事や年間行事、その他法要・祭りなどについてのご案内です。 行事カレンダーもご確認ください。