ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

栃木県宇都宮市の祥雲寺(曹洞宗) | 桜や祭りが名物の寺

新着ブログ

  • 27年10月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

    2015年10月18日

     

    ネパールとの国境近く、釈尊成長の地カピラヴァストゥ城と目される遺跡

     

    池に咲く蓮。蓮はインドを原産とする仏教の象徴とされる花

     

    「城の東北40余里に卒塔婆がある。太子(若き日の釈尊)が樹陰に坐り田を耕すのを見られた所である。ここで坐禅をして欲を離れることができた。浄飯王(釈尊の父王)は太子が樹陰に坐り禅定に入られ、日の光はすでに廻り〔他の場所を〕照らしているのに、樹影は移ることがないのが目に入り、心に不思議に感じいよいよ敬愛を深くした。」

    『大唐西域記』二ー六 贍部樹下の静思

     

    二月に行う祥雲寺インド仏跡参拝旅行に向け、先月に続いて大唐西域記からお釈迦様が坐禅を行った場面を引いてみます。

     

    お釈迦さまはシャカ族の王子として生まれ、一族の城カピラヴァストゥ城で育ちました。

    お釈迦さまは「聖俗何れの道であれ偉大な人となる」との予言を受けていたので、父王は大変に心を配り、お釈迦様の成長を見守りました。

     

    ある日のこと、父王が儀式(種まき式)を行っているとき、涼しいジャンブ樹の木陰に坐禅をされました。

    後に出家をされ、他の修行者たちと6年間苦行を行われた末に、苦しみは人を浄めず、知慧を生むことはないと述べられます。

     

    そして続いて、昔木陰で坐禅をした時を思い出されました

    「もろもろの欲を確かに離れ、もろもろの不善の法を離れ、大まかな考察のある、細やかな考察のある、遠離から生じた喜びと楽のある、第一禅に達して住んだことを憶えている。これこそが覚りへの道にちがいない」(『大サッチャカ経』)

     

    この後、お釈迦さまは菩提樹の下で坐禅を行い、覚りを開かれました。

    写真の場所、カピラヴァストゥ城はお釈迦さま生育の地、覚りを開くに至る源となった体験の場所でもあります。

     

    お釈迦さま存命の間にシャカ族は滅亡し、城は失われます。

    今日では広大に広がる田畑のなかに城の土台が遺跡として残り、かつての姿を思い浮かべる基となってくれています。

     

    祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。

    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。

    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。

    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

     

    日時:10月26日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)

       6時30分~7時10分(一回目の坐禅)

       7時20分~8時(二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。

    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

     

    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

     

  • 平成27年10月観音朝詣りのお知らせ

    2015年10月14日

     

    10月1日、梅花特派講習会(トップクラスのご詠歌の先生に教わる機会です)

     

    長崎市地蔵寺の塩屋先生から教わっています。

     

    境内を飛び交うカラスの数が近年とみに増えました。

    ねぐらは2キロ以上北の山にあって、祥雲寺は町への通り道に当たり、夕方裏山に何百羽と集まって一休みし、いっせいに飛び立つさまは壮観です。

     

    現代ではカラスは嫌われ者になってしまいました。

    町中にカラスに荒らされたゴミ袋の残骸を見かけます。

    農村の果物、作物の被害も甚大です。

    お寺でも、墓地に上げた花が抜かれて散らかされます。

    それどころか、ステンレス製のネジなしの花立てが持っていかれることもあります。

    光るものに興味があるのですね。

    ともかくいたずらで油断も隙もあったものじゃない。

    にくらしい。

     

    しかし、カラスは昔から特別な能力を持った鳥として、世界のどこの国でも一目置かれてきました。

    神話の八咫烏のように神の使いとされ、あがめられることが多いのです。

    真っ黒な姿で腐肉を食うことから死に神を連想し、不吉なものとされもしますが、それはまたあの世とこの世を結ぶ生き物とされ畏敬されることでもあったのです。

     

    カラスは知恵のある鳥です。

    感情をもってお互いに声を掛け合っているそうです。

    必要に応じて集団で敵に立ち向かったり、助け合ったりします。

    夫婦つがいで子を大事に育て、母ガラスが巣立ちさせる様子は「カラスの子別れ」という言葉があるように昔から人の知るところでした。

    私は本堂の前で、二羽のカラスが供えた花を引き抜いて空中でキャッチボールのようにして遊んでいるのを見たことがあります。

     

    人間のすぐそばにいて、人間と通じあうような生き方をしている。

    それが「夕焼け小焼け」や「七つの子」のような親しみを込めた童謡になったのでしょう。

     

    カラスの数が増えるのや、人間の出す大量のごみが原因らしい。

    鳥は飛ぶために身軽でなければならない。

    食いだめができないから、残飯などが少なくなれば自然に数が減るはずだといわれています。

     

    人間の生活を改めることによって、本来あるべきカラスと人間のよい関わりが復活すればいいなと思います。

     

    平成27年10月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の朝詣りは午前6時から行います。

     

  • 27年9月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内

    2015年9月22日

     

    ブッダガヤー大菩提寺、金剛座の垣根。

     

    夜分にもお参りの人は絶えません。

     

    菩提樹の垣の真中に金剛座がある。昔、賢劫の初めにできたもので、大地と共に出たものである。

    ~賢劫中の千仏がここに坐り金剛定に入られたので金剛座と言い、悟りを開かれた所であるので菩提道場とも言う。

    『大唐西域記』6.2 金剛座

     

    昨年のはじめにインドの仏跡(お釈迦さま由来の遺跡)参拝をしてきました。

    大変に素晴らしい巡礼であったので、来年二月にお檀家さん方と団体参拝旅行をするべく計画中です。

    今度は先導する立場となるので勉強を始めましたが、テキストとして最適と手に取ったのが玄奘三蔵の『大唐西域記』です。

     

    玄奘は唐の時代の僧侶です。

    仏教を構成する経(仏の教え)、律(僧侶の決まり事)、論(仏教の解釈論)の三つをきちんと習得した人への敬意の表れとして玄奘三蔵とも呼ばれます。

    玄奘は仏教を学ぶ中で釈尊が実際に歩まれたインドの地と、そこに根付く最初のころの教えに憧れ、ついには国禁を犯して出国します。

    シルクロードを歩みヒンドゥークシュ山脈を越えてインドに渡り、16年をかけて各地を回って膨大な経典を中国に持ち帰りました。

     

    この旅行の記録が『大唐西域記』です。

    当時のインドや中央アジアの貴重な記録であり、これを元とした伝奇小説『西遊記』を知らない人はいないでしょう。

     

    上記の文はお釈迦様が悟りを開いたブッダガヤーを見聞した章のものです。

    お釈迦さまは29歳で出家をされ、6年間の苦行を経て、坐禅こそが悟りへの道と見極められて、菩提樹の下に座して坐禅をされました。

    悟りを開かれた地ブッダガヤーは聖地としてお参りの人は昼も夜も絶えません。

    それは、お釈迦様の教え、心の平安を説く仏教が、現代社会においてなおのこと必要とされているからであるのだと思います。

     

    祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。

    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。

    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。

    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

     

    日時:9月28日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)

       6時30分~7時10分(一回目の坐禅)

       7時20分~8時(二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。

    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

     

    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

     

  • 平成27年9月観音朝詣りのお知らせ

    2015年9月17日

     

    本堂前、西国観音様

     

    今年は2週間近く早く彼岸花が咲きました。

     

    島田裕己さんという宗教学者がゼロ葬というのを提案しています。

     

    遺体を火葬場に持って行き、火葬が終わったら遺骨を受け取らず火葬場で処分してもらうというのです。

    墓地は要らず、散骨等という手間もとらない、きわめて安上がりな葬儀が可能であると言います。

     

    遺骨を火葬場が引き取るのかと疑問に思う人が大部分だと思います。

    しかし、関西地方では昔から、のど仏など少量の遺骨を遺族が受け取り大部分を火葬場で処分する習慣があります。

    民間運営が多い東京の火葬場ではそれにならって遺骨全部を火葬場で引き取るところもあるかもしれません。

     

    問題は、この人の言うゼロ葬が、どんなにもっともらしい理屈をこねても、葬儀ではなく結局は遺体の処分にしかならないということです。

     

    ゼロ葬をする人も、亡くなった人と親子であれ夫婦であれ親族であれ特別な関係にあるはずです。

    生活を共にし、共にした、あるいは血の絆を持った人です。

     

    そのような近しい人を失って、悲しみ、悼(いた)むのは、人間の自然な感情です。

    悼まない人もいるかもしれないがそれは特殊な人であったり、よほどの事情のある場合です。

     

    葬儀は、悼み、悲しみの感情を、儀式を通して安心へと導くものです。

    儀式を通すことによって、止め処なさや不条理さを伴った感情という中にある悲しみが、純化され、深められ、悼む人の心も安らぐのです。

     

    しかも、このような安心への導きが必要なのは、近親者だけではありません。

    人がこの世を生きる中で生まれる絆ー縁といいますーある人にも必要なのです。

     

    宗教学者ならば、以上述べたことは百も承知であるはずです。

    それなのにゼロ葬なというのは、どういう了見があってのことでしょうか。

     

    親子、兄弟、親族の結びつきは、理屈を超えたものであり、それによって社会が成り立っているのです。

    それをどうでもよいとするならば、遺産の相続など私有財産に関することも成り立たなくなります。

     

    平成27年9月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の朝詣りは午前6時から行います。

     

  • 平成27年大施餓鬼会

    2015年9月16日

     

    毎年8月29日は祥雲寺の年中最大の行事、お施餓鬼の日となります。

    お檀家さん全ての御先祖様の供養を行う、一年で一番忙しい日です。

     

    御詠歌会の皆さんで仏様に奉詠をします。

     

    午前中に檀信徒総会

     

    午後の最初は法話。今年は山形の三部義道老師にお話しいただきました。

     

    法要、宇都宮中の曹洞宗のお寺さん。

     

    仏様に一年に一度のお参り。

     

祥雲寺行事案内

祥雲寺で行ってる月例行事や年間行事、その他法要・祭りなどについてのご案内です。 行事カレンダーもご確認ください。