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平成27年12月1日 無縁供養、水子供養
2015年12月13日毎年12月1日は祥雲寺無縁供養、水子地蔵尊供養の日です。
祥雲寺の無縁供養は天明年間(二百二十年前)に起源をもつ伝統行事です。
私たちは普段の行いとして親類縁者の為の供養(一周忌等の年回供養)を行いますが、無縁供養は直接のつながりがなくとも自分たちに恵みを与えている諸々に、そして天地万物に対して行われる報恩感謝の供養です。
この日に合わせて祥雲寺石彫り会「羅漢の会」の石仏の点眼式、水子地蔵尊の供養、また来山して頂いた皆さんに楽しんでもらえるよう演奏会を行っています。
羅漢渓の前で新しい羅漢像を設置する点眼式の法要
香を焚き洒水して回り場を清めています。
引き続き無縁供養、ご詠歌のお唱えに合わせて始まります。
無縁供養
無縁塔にあげられた供養塔婆
最後に水子地蔵さんの前での供養法要
午後は音楽会
今年は船村徹氏の弟子、えひめ憲一さんに熱唱していただきました。
本堂内には陶芸会、写経会の展示
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27年11月 早朝坐禅会「指月の会」案内
2015年11月21日苦行後のお釈迦様に乳粥を供養したスジャータの村のストゥーパ
「憍陳如らの住居の東南に卒塔婆がある。菩薩が尼連禅那河に入って沐浴された処である。河の側の遠からざる所は、菩薩がここで乳粥を受けて食された場所である。」
『大唐西域記』 尼連禅那河の沐浴
二月に行う祥雲寺インド仏跡参拝旅行に向け、先月に続いて大唐西域記から引いてみます。
「調身 調息 調心」という禅語があります。
これは坐禅を行う際の流れを表したものです。
以前ある老師がこれを説明するときに
「心という形を持たない、捉えられないものを安定させるにはどうしたらよいか。心を水のようなものと捉え、その入れ物である体を安定するように調え、内面を整えるために呼吸を調え、そうすることで心を調える。」
と言われていました。
調身、身体を安定させるというのはどういうことか。
それは坐禅の時の足を組み、背筋を伸ばした坐禅の姿勢をとるだけを言うのではなく、普段の生活習慣や食習慣を含めた生活全般を捉えた言葉になります。
日日の生活を改め程々の睡眠をとり、美食暴食極端に走ることなく節度のある食事をとる。
言えば極々当たり前のことでありますが、まずこの当たり前のところから入るのが「調身 調息 調心」の第一歩となります。
かつてお釈迦様が覚りを求めて6年間の苦行を行い、苦しみは人を浄めず、知慧を生むことはないと述べられて、苦行生活を終えられます。
苦行でやつれた体を尼連禅那河(ネーランジャヤー川)の流れで浄め、近くの村娘スジャータから乳粥の供養を受けました。
この供養を受けて体は力を取り戻し、以後菩提樹の下で一週間の坐禅を修行されて覚りを開かれました。
この成道の故事に則り、禅宗の修行道場では12月の1日から8日は坐禅の修行期間とされます。
七日目は徹夜で坐禅を行い、最後は法要を行って、その中で五味粥という粥を少しだけいただきます。
それはスジャータの故事に想いを馳せ、やつれた体に染み渡る滋味をお釈迦様の覚りとして味わう行為と言えるのかもしれません。
祥雲寺副住職 安藤淳之
一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。
ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。
この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。
一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?
日時:11月23日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)
6時30分~7時10分(一回目の坐禅)
7時20分~8時(二回目の坐禅)
場所:祥雲寺本堂一階
用意:身一つで大丈夫です。
足の組めない方は椅子での坐禅もできます。
また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。
※来月は年末になりすぎてしまうので第3週の23日(月)に行います。
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平成27年11月 観音朝詣りのお知らせ
2015年11月15日ご詠歌の練習会。
毎月一回行っています。
平成の初めごろ、祥雲寺の西国霊場を建立に当たって、庭師の佐藤明さんという方にたいへん世話になりました。
佐藤さんは石屋の金野さんと共に西国巡礼に同道して各霊場の雰囲気を身に感じ、それをもとに庭木や築山の配置を考えてくれたのです。
その佐藤さんから聞いた庭造りについての話です。
施主の意向をよく聞き、その目的に沿って、庭のある場所の地形、土質、日当たり、さらにはそこから見える景色まで考えに入れて構想を練り作業を進めていきます。
将来この庭がどうなるのかを思い描きながら仕事をすることは庭師冥利に尽きるし、そうして苦労をした庭には後の手入れにも身が入ります。
しかし何年かすると庭が独り歩きを始めてしまい、思い通りにならなくなります。
それでも愛着のある庭ですからさらに手入れを続けていくと何年かして最初に思い描いたものとは全然別のものになってしまいます。
ですがその庭は決まってはるかに素晴らしいものになっているというのです。
それを佐藤さんは「時のたつのは素晴らしい」と表現していました。
ものを育てるには愛着がいります。
植木屋さんが細かい手入れを続けられるのも自分の造りだしたものに対する愛着あればこそでしょう。
ところで、庭が一人歩きを始めたときに、思い通りにならないといって手入れを止めてしまったり、無理やり自分の思い描いたとおりにしようとしたらどうでしょう。
素晴らしい庭には決してならない筈です。
庭木への手入れは子供へ愛情をそそぐことにも似ていて示唆に富む話だと感銘を受けました。
平成27年11月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の観音様の朝詣りは午前6時半から行います。
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27年10月 月例早朝坐禅会「指月の会」案内
2015年10月18日ネパールとの国境近く、釈尊成長の地カピラヴァストゥ城と目される遺跡
池に咲く蓮。蓮はインドを原産とする仏教の象徴とされる花
「城の東北40余里に卒塔婆がある。太子(若き日の釈尊)が樹陰に坐り田を耕すのを見られた所である。ここで坐禅をして欲を離れることができた。浄飯王(釈尊の父王)は太子が樹陰に坐り禅定に入られ、日の光はすでに廻り〔他の場所を〕照らしているのに、樹影は移ることがないのが目に入り、心に不思議に感じいよいよ敬愛を深くした。」
『大唐西域記』二ー六 贍部樹下の静思
二月に行う祥雲寺インド仏跡参拝旅行に向け、先月に続いて大唐西域記からお釈迦様が坐禅を行った場面を引いてみます。
お釈迦さまはシャカ族の王子として生まれ、一族の城カピラヴァストゥ城で育ちました。
お釈迦さまは「聖俗何れの道であれ偉大な人となる」との予言を受けていたので、父王は大変に心を配り、お釈迦様の成長を見守りました。
ある日のこと、父王が儀式(種まき式)を行っているとき、涼しいジャンブ樹の木陰に坐禅をされました。
後に出家をされ、他の修行者たちと6年間苦行を行われた末に、苦しみは人を浄めず、知慧を生むことはないと述べられます。
そして続いて、昔木陰で坐禅をした時を思い出されました
「もろもろの欲を確かに離れ、もろもろの不善の法を離れ、大まかな考察のある、細やかな考察のある、遠離から生じた喜びと楽のある、第一禅に達して住んだことを憶えている。これこそが覚りへの道にちがいない」(『大サッチャカ経』)
この後、お釈迦さまは菩提樹の下で坐禅を行い、覚りを開かれました。
写真の場所、カピラヴァストゥ城はお釈迦さま生育の地、覚りを開くに至る源となった体験の場所でもあります。
お釈迦さま存命の間にシャカ族は滅亡し、城は失われます。
今日では広大に広がる田畑のなかに城の土台が遺跡として残り、かつての姿を思い浮かべる基となってくれています。
祥雲寺副住職 安藤淳之
一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。
ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。
この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。
一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?
日時:10月26日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)
6時30分~7時10分(一回目の坐禅)
7時20分~8時(二回目の坐禅)
場所:祥雲寺本堂一階
用意:身一つで大丈夫です。
足の組めない方は椅子での坐禅もできます。
また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。
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平成27年10月観音朝詣りのお知らせ
2015年10月14日10月1日、梅花特派講習会(トップクラスのご詠歌の先生に教わる機会です)
長崎市地蔵寺の塩屋先生から教わっています。
境内を飛び交うカラスの数が近年とみに増えました。
ねぐらは2キロ以上北の山にあって、祥雲寺は町への通り道に当たり、夕方裏山に何百羽と集まって一休みし、いっせいに飛び立つさまは壮観です。
現代ではカラスは嫌われ者になってしまいました。
町中にカラスに荒らされたゴミ袋の残骸を見かけます。
農村の果物、作物の被害も甚大です。
お寺でも、墓地に上げた花が抜かれて散らかされます。
それどころか、ステンレス製のネジなしの花立てが持っていかれることもあります。
光るものに興味があるのですね。
ともかくいたずらで油断も隙もあったものじゃない。
にくらしい。
しかし、カラスは昔から特別な能力を持った鳥として、世界のどこの国でも一目置かれてきました。
神話の八咫烏のように神の使いとされ、あがめられることが多いのです。
真っ黒な姿で腐肉を食うことから死に神を連想し、不吉なものとされもしますが、それはまたあの世とこの世を結ぶ生き物とされ畏敬されることでもあったのです。
カラスは知恵のある鳥です。
感情をもってお互いに声を掛け合っているそうです。
必要に応じて集団で敵に立ち向かったり、助け合ったりします。
夫婦つがいで子を大事に育て、母ガラスが巣立ちさせる様子は「カラスの子別れ」という言葉があるように昔から人の知るところでした。
私は本堂の前で、二羽のカラスが供えた花を引き抜いて空中でキャッチボールのようにして遊んでいるのを見たことがあります。
人間のすぐそばにいて、人間と通じあうような生き方をしている。
それが「夕焼け小焼け」や「七つの子」のような親しみを込めた童謡になったのでしょう。
カラスの数が増えるのや、人間の出す大量のごみが原因らしい。
鳥は飛ぶために身軽でなければならない。
食いだめができないから、残飯などが少なくなれば自然に数が減るはずだといわれています。
人間の生活を改めることによって、本来あるべきカラスと人間のよい関わりが復活すればいいなと思います。
平成27年10月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の朝詣りは午前6時から行います。