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宇都宮ケーブルテレビの雀宮坐禅会への取材(12月3日)
2014年12月16日雀宮の善応院では毎週水曜6時と第四日曜午後2時で坐禅会を行っています。
今月3日に年越しの風景として、坐禅会をリポーターさんが体験している映像を撮りたい、との事で撮影しました。
佐藤リポーターさんとの対談。カメラの前で話すのはすごい緊張しました。
新しく来た人に作法をレクチャー。
最初は観音様にお経のお唱えから始まります。
佐藤さんの坐りを撮影。
坐禅の部屋はこんな感じ。
終わってお話。今日は職場で連れ合ってきた新顔さんが何人か。
締めの撮影。一年の清めをしてスッキリ、の風景だそうです。
12月15日からケーブルテレビで何回か放送するそうです。
恥ずかしながら頑張ってみたので、見られた方に仏縁をもってもらう機会になってくれたらとても嬉しいです。
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平成26年12月観音朝詣り
2014年12月16日12月9日写経会の納経会。須弥壇に上り土台の柱にお経を書いた石を投入。
一年の写経を納め、参加者には来年の干支文鎮を。今年は羊の文鎮です。
釈迦牟尼仏 明星を見て悟道(ごどう)してのたまわく、
我と大地有情(うじょう)と同時に成道す(瑩山禅師 伝光録)
お釈迦様が悟られた御様子を伝える言葉です。
王子の位を捨てて苦行すること六年、苦行のみでは悟れないと感じたお釈迦様は、修行の地、前正覚山を下り、村の娘スジャータから乳粥の供養を受けられた後、ブッダガヤの菩提樹の下で禅定に入られました。
魔王たちはあらゆる誘惑と脅しと恐怖を以て悟りを妨げようとします。
それらの全てを制して、暁の明星が燦然ときらめく中にお悟りを得られた、これが仏伝に記されるお悟りの様子です。
我と大地有情と同時成道とは、悟りの世界に立たれた、その境地からは、天地万物、生きとし生けるもの全てが悟りの世界にある。
という意味でしょうか。
仏像では、お悟りを得られた時の姿は、禅定印を解いて、右手の指先を大地に付ける触地印(そくちいん)で表されます。
経典には天魔の誘惑に対し大地の神がお釈迦様を護っていることを示したとあります。
私には天地万物悟りの世界で一体なるを大地の感触を確かめることで示されたように感じられます。
梅花流御詠歌では
明けの星 仰ぐ心は 人の世の 光となりて 天地(あめつち)にみつ
とうたわれます。
釈尊の成道(じょうどう)によって天地万物が悟りの光に輝いているよろこびを詠っています。
本堂の後ろには、触地印の露座の大石像が祀られています。
どうぞお参りください。
平成26年12月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の朝詣りは午前6時半から行います。
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平成26年12月1日無縁供養、水子供養
2014年12月13日毎年12月1日は祥雲寺無縁供養、水子地蔵尊供養の日です。
祥雲寺の無縁供養は天明年間(二百二十年前)に起源をもつ伝統行事です。
私たちは普段の行いとして親類縁者の為の供養(一周忌等の年回供養)を行いますが、無縁供養は直接のつながりがなくとも自分たちに恵みを与えている諸々に、そして天地万物に対して行われる報恩感謝の供養です。
この日に合わせて祥雲寺石彫り会「羅漢の会」の石仏の点眼式、水子地蔵尊の供養、また来山して頂いた皆さんに楽しんでもらえるよう演奏会を行っています。
今年は大降りの雨になってしまいましたが
来ていただいた方達と共にきちんとお勤めすることができました。
雨天の中の羅漢渓。香を焚き洒水して回り場を清めています。
新しく彫りあがった羅漢さまに点眼をしています。
無縁供養は初の雨天開催。急遽テントを用意
雨天の中来ていただいた方が濡れないようテントを増設。
水子供養
今年の演奏は数年前に来ていただいた篠笛演奏者の狩野嘉宏さん。
本堂には秋に行った秩父参拝の写真と祥雲寺陶芸教室の作品を展示。
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平成26年11月観音朝詣り
2014年11月15日華は愛惜(あいせき)にちり、草は棄嫌(きけん)におふる
道元禅師「正法眼蔵現成公案」
境内の紅葉がさかりです。
といっても、すでに散り終えた木もありますし、これから枯れ葉となって一斉に葉を散らす木もあります。
自然は、刻一刻変化をやめません。晩秋、初冬の朝にはその変化のさまが心にしみいります。
十月の末、表に出ると朝日射す本堂前庭を背景に、色づいた葉と緑のままの葉を付けた楓の枝が重なり合って、コントラスト鮮やかに目に飛び込んできました。
高く澄んだ空にはすじ雲が流れます。
さまざまな鳥の声、群れ鳥の声にさえ風情を感じます。
十一月十日は濃い霧でした。
陽に映える鮮やかさはありませんが、しっとりと霧に包まれたモミジの色合いが何とも美しい。
晴れた昼下がり、おだやかな風を受けて色づいたケヤキやヤマボウシの葉がはらはらと散ります。
よく見ると一枚一枚はみな同じではありません。
赤や黄だけではなく、茶色やシミのような黒、緑を残したものもあります。
一枚一枚の葉が異なった有様で生きてきた証しです。シミがあっても風情もあり美しくもあります。
そしてそこに人の世を重ね合わせました。
人生さまざまであっても、ほかには替わることのできないかけがえのなさと素晴らしさがあるのだと。
変化無限の景色は美しく、それを成り立たせる一つ一つも愛(いと)おしい。こんな感情を持てるのも、心のはたらき一つです。
心の働きには、喜びもあれば愛着もあり、苦しみ、悲しみ、怒り、後悔、憎しみもあります。
迷い多き人生でも、生ききっていく時、すべてを包み込んでくれる奥深さを持っているのがこの世界なのだと感じさせてくれる落ち葉の季節です。
平成26年11月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の朝詣りは午前6時半から行います。