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平成22年大施餓鬼会
2010年9月1日祥雲寺では毎年8月29日に
全檀家を対象とした先祖供養の施餓鬼法要を行っています。
今年も8月の終わりに、年間最大の行事を行う日がやってきました。
天気は薄く曇っていて日差しも強くなく、人が集まる日として見るなら上々。
去年から鹿沼の菊屋仏具店が出店してくれて、来る人に色々と新しい物を勧めてくれます。
祥雲寺ご詠歌講の皆さんによる本尊様への奉詠。
例年は午前中に発表会を行っていますが、今年は奉詠のみを行いました。
綺麗で落ち着く音調が特徴の御詠歌ですが、やはり大人数がそろって詠みあげると迫力が出て、素晴らしい合唱になっていました。
お昼時になり、檀家総会から出席されている人にお昼の振る舞いになります。
例年市役所横の田中そば屋さんが出張してくれて、
そば屋のそばうどんが婦人会の皆さんの手で配膳されています。
総会会場。
お昼を談笑しながら頂き、少し休んで午後の法話法要に臨みます。
午後1時から説教師さんによる法話が始まります。
説教師は千葉県から石川光学老師にお越し頂き、お願いしています。
午後2時になり施餓鬼法要が始まります。
お施餓鬼というのは、文字通り「餓鬼に施す」ということです。
これは自らの命を尊び感謝をし功徳を願うとともに
追善供養として三界(全ての世界)萬霊の有縁無縁の精霊を供養し
併せて檀信徒の御先祖様方の供養を行う行事なのです。
参加されたお檀家さん方の焼香。
お釈迦様は
「施餓鬼棚に新鮮な山海の飲食をお供えし、修行僧に施餓鬼会の法要を営んでもらいなさい。修行僧のお経の法力によって、少量の供物は無量の供物となり、全ての餓鬼に施されるであろう。そして、多くの餓鬼は救われ、お前も長寿を得られ、さらに尊いお経の功徳によって、悟りを開くことも出来るだろう。」
とお弟子さんに語られたことがあり、これがお施餓鬼の由来となっています。
施餓鬼会が終わって供養したお塔婆を外に並べています。
本数が多い為、来た人が受け取りやすいように外に木枠を設け、
地域や五十音順で並べて受け取ってもらっています。
例年5月から準備をし始める大変な行事ですが、
それだけにこれが終わると「夏が終わった」としみじみ感じ入ります。
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平成23年のお盆
2010年8月28日今年も御先祖様をお迎えするお盆の時期がやってきました。
ここ祥雲寺でも、毎年のようにお墓参りをしてお迎えに来るお檀家さんが大勢いらっしゃいました。
本堂前の広場で迎え火をたいています。
迎えるにあたってお経を唱え法具を鳴らし、
この後全てのお墓をお経を読みながらお参りしてお迎えの礼としています。
庫裏の中。
受付で8月29日に行われるお施餓鬼の案内をしています。
庫裏の中に祀りしている韋駄天さまにお参りされています。
入り口横に祀られた羅漢さま。
今年は節電をしながら近年顕著になってきた夏の酷暑に耐えている分、
日陰の涼しさのありがたみが身にしみて感じます。
羅漢さまもほっと一息ついている様です。
日がかわって8月16日。
送り火を焚いています。
数年前まではこの日にとんぼが飛びはじめ、暮れていく夏と秋の訪れを感じる日でもありましたが
近年は遅れて日がまちまちになり、若干の寂しさを感じます。
本堂裏手のミソハギの花。
夏の時期になると長いこと小さな花を咲かせて楽しませてくれますが、
8月後半になるとだんだんと散っていきます。
なりは小さくとも、夏とともに咲き夏の終わりとともに散っていく、夏の花と言えるのでしょう。
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平成22年のお盆
2010年8月28日今年も8月13日、お盆の時期がめぐってきました。
お盆の正式な名称は盂蘭盆会と言います。
8月の13日から16日(地方によって違う)に御先祖をお迎えし、供養を行うこの期間を総称して「お盆」と読んでいます。
初日の13日は迎え盆、16日を送り盆と呼び、この期間は彼岸より戻られた御先祖さまを迎える時期として日本全国で大切にされ、営まれてきました。
上の写真は13日の朝に撮影した山門に咲いた百日紅(さるすべり)の花です。
境内幾つかの場所で綺麗に咲いています。
こちらは本堂裏の池に咲く蓮の花。
7月上旬から長い間咲き続け、訪れた人の目を楽しませてくれます。
こちらはみそはぎの花。
お盆に縁のある花としてお寺でよく見かける花です。
日が昇ってお墓に迎えに来られる方も増えてきました。
迎え盆というと、日が暮れる頃に来るのが本来だったのですが
段々午前中中心に来られるようになってきました。
こちらは迎え火の祭壇です。
祥雲寺では毎年迎え火と送り火をそれぞれ13日と16日に焚いていますが、
13日には3回忌を過ぎた白木の位牌もお焚き上げを行っています。
火が入り、最初に鈸(ハチ、シンバルのようなお寺の鳴らし物)を鳴らし、お経を読みあげます。
終わってそのままお経を読み鈸を鳴らしながら全てのお墓をめぐり、御先祖の帰ってきたお墓に供養を行う墓行を行います。
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平成22年初盆供養(8月7日)
2010年8月9日本堂裏手の池では蓮の花が綺麗に咲いています。
7月上旬のべんてん祭りの頃から咲き始め、ほぼ一月の間通る方の目を楽しませてくれてきました。
もうじきお盆を迎える時節になりました。
お盆というのは新暦の7月に行われたり、月遅れで行われたりすることが一般的ですが、
もともとは仏教の経典に出てくる斎日です。
インドでは、4月ごろから7月ごろにかけて雨が多い季節となり、
お釈迦様の時代からこの時期を「雨安居」と言って
仏教徒は外出を極力せずに集中して修行生活をする時期としてきました。
この修行生活が終わる7月15日、お釈迦様は供養の為に集まった人々に
この修行を終えたお坊様たちに心をこめて供養するように勧め、その功徳は計り知れないとお説きになりました。
この習慣がやがて、今は亡き先祖や様々な仏様に供養する「お盆」として定着したということです。
祥雲寺では毎年8月7日を、今年初めて初盆を迎える方にお迎えの仕方を説明し御供養を行う初盆施餓鬼会の日としてきました。
まず午前中に初盆を迎える方たちにお迎えの仕方や心構え、精霊棚の作り方の説明をします。
建物の中にいても暑い時期なので扇風機を回しますが、それでも暑い人のために団扇を配布しています。
お昼は皆さんそろって精進料理をいただきます。
不思議なことに粗食というのは、畏まって食べる方がよりおいしく感じられるものだったりします。
午後に入り供養の施餓鬼会となります。
縁のあるお寺様方に御助力頂き、鉦や太鼓を鳴らして盛大に始められます。
こちらは祥雲寺の施餓鬼棚、一般で言うところの精霊棚になります。
この一年で亡くなられた方の位牌をお祀りし、供養を行います。
法要の最後に今年初盆を迎える参列者による焼香を行い、最後に供養した卒塔婆をお渡しして今年の初盆施餓鬼も無事終わりました。
今年の8月7日は祥雲寺初盆に続いて
宇都宮仏教会主催による川施餓鬼(灯篭流し)をお勤めしてまいりました。
宇都宮仏教会では8月第一週に行われる宮まつりに合わせ、
駅前田川にて灯篭流しを例年行ってまいりました。
上の写真は川辺に設けられました施餓鬼棚と法要会場です。
夜7時になり、川施餓鬼が始められました。
最初に法要を行い、川に灯篭を流した人から焼香を行っています。
毎年数百人の人が灯篭片手に並び、お祈りをする夏の風物詩でもありますが、
今年は特に多かったようで用意していた灯篭が無くなりかけてしまったそうです。
焼香をする施餓鬼棚の後ろを、並ぶ人の数以上の灯篭が流れて行きました。
8月は、やはり日本人にとって特別の月であると感じさせてくれます。
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平成22年7月朝参りお知らせ
2010年7月15日しだれ桜下の紫陽花。
卒塔婆は梵語ストゥーパの音訳で、もともと仏舎利塔を意味します。
お釈迦様は涅槃に入られた後、遺体は火葬され、遺骨は八つに分骨されました。
ゆかりのある人々が持ち帰りそれぞれに塔を建てて祀りました。
百数十年のち、古代インドを初めて統一したアショーカ王は、一つを除いた七つの塔の遺骨をすべて集め、それをさらに細分して八万四千の塔をインド全土に建てたと伝えられます。
卒塔婆は仏教徒の信仰の中心になりました。紀元前後の頃のインドでは仏教徒のことを「塔を祀る者たち」と呼びました。
今日、日本で卒塔婆というと、木の板の上部を五輪の形にきざんだものを指します。これは石造りの五輪の塔に由来します。
五輪塔の起源は、あるいはインドや中国にあるのかも知れませんが、残されているもので見る限り日本独自のものです。
平安時代の末から、死者に対する供養塔として盛んに建立されました。
とくに高野聖といわれる人たちによって広められました。
高野聖は死者の極楽往生のため遺骨を高野山に分骨して祀ることを勧めて回った僧侶たちです。高野山にお参りすると、奥の院の長い参道に何十万基ともつかない五輪塔があって彼らの活動がいかに活発であったかを示しています。
祥雲寺でも、法事の際には必ず卒塔婆を建立して供養の証(あかし)としています。これについて私は次のように説明しています。
「今日、お施主を中心に大勢の方が集まり、尊いお経が上げられるなかで、手を合わせ、御焼香して本尊様に個人の冥福を祈りました。その祈りの心は目に見えるものではありません。目に見えない心を仏教徒の信仰の象徴であった卒塔婆の形に書き付けて形に表わしてささげるのがこのお塔婆です。」
祈りの心が込められたとき卒塔婆は単なる板きれとは違ってきます。
卒塔婆をささげる習慣はこれからも大事にしてゆきたいものです。
平成22年7月15日 祥雲寺住職 安藤明之
18日の観音様の朝詣りは午前6時から行います。