ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

栃木県宇都宮市の祥雲寺(曹洞宗) | 桜や祭りが名物の寺

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  • 平成22年初盆供養(8月7日)

    2010年8月9日

     

    本堂裏手の池では蓮の花が綺麗に咲いています。

    7月上旬のべんてん祭りの頃から咲き始め、ほぼ一月の間通る方の目を楽しませてくれてきました。

     

    もうじきお盆を迎える時節になりました。

     

    お盆というのは新暦の7月に行われたり、月遅れで行われたりすることが一般的ですが、

    もともとは仏教の経典に出てくる斎日です。

     

    インドでは、4月ごろから7月ごろにかけて雨が多い季節となり、

    お釈迦様の時代からこの時期を「雨安居」と言って

    仏教徒は外出を極力せずに集中して修行生活をする時期としてきました。

     

    この修行生活が終わる7月15日、お釈迦様は供養の為に集まった人々に

    この修行を終えたお坊様たちに心をこめて供養するように勧め、その功徳は計り知れないとお説きになりました。

     

    この習慣がやがて、今は亡き先祖や様々な仏様に供養する「お盆」として定着したということです。

    祥雲寺では毎年8月7日を、今年初めて初盆を迎える方にお迎えの仕方を説明し御供養を行う初盆施餓鬼会の日としてきました。

     

    まず午前中に初盆を迎える方たちにお迎えの仕方や心構え、精霊棚の作り方の説明をします。

    建物の中にいても暑い時期なので扇風機を回しますが、それでも暑い人のために団扇を配布しています。

     

    お昼は皆さんそろって精進料理をいただきます。

    不思議なことに粗食というのは、畏まって食べる方がよりおいしく感じられるものだったりします。

     

    午後に入り供養の施餓鬼会となります。

    縁のあるお寺様方に御助力頂き、鉦や太鼓を鳴らして盛大に始められます。

     

    こちらは祥雲寺の施餓鬼棚、一般で言うところの精霊棚になります。

    この一年で亡くなられた方の位牌をお祀りし、供養を行います。

     

    法要の最後に今年初盆を迎える参列者による焼香を行い、最後に供養した卒塔婆をお渡しして今年の初盆施餓鬼も無事終わりました。

     

    今年の8月7日は祥雲寺初盆に続いて

    宇都宮仏教会主催による川施餓鬼(灯篭流し)をお勤めしてまいりました。

     

    宇都宮仏教会では8月第一週に行われる宮まつりに合わせ、

    駅前田川にて灯篭流しを例年行ってまいりました。

     

    上の写真は川辺に設けられました施餓鬼棚と法要会場です。

     

    夜7時になり、川施餓鬼が始められました。

     

    最初に法要を行い、川に灯篭を流した人から焼香を行っています。

    毎年数百人の人が灯篭片手に並び、お祈りをする夏の風物詩でもありますが、

    今年は特に多かったようで用意していた灯篭が無くなりかけてしまったそうです。

     

    焼香をする施餓鬼棚の後ろを、並ぶ人の数以上の灯篭が流れて行きました。

    8月は、やはり日本人にとって特別の月であると感じさせてくれます。

     

  • 平成22年7月朝参りお知らせ

    2010年7月15日

     

    しだれ桜下の紫陽花。

     

    卒塔婆は梵語ストゥーパの音訳で、もともと仏舎利塔を意味します。

    お釈迦様は涅槃に入られた後、遺体は火葬され、遺骨は八つに分骨されました。

    ゆかりのある人々が持ち帰りそれぞれに塔を建てて祀りました。

    百数十年のち、古代インドを初めて統一したアショーカ王は、一つを除いた七つの塔の遺骨をすべて集め、それをさらに細分して八万四千の塔をインド全土に建てたと伝えられます。

    卒塔婆は仏教徒の信仰の中心になりました。紀元前後の頃のインドでは仏教徒のことを「塔を祀る者たち」と呼びました。

     

    今日、日本で卒塔婆というと、木の板の上部を五輪の形にきざんだものを指します。これは石造りの五輪の塔に由来します。

    五輪塔の起源は、あるいはインドや中国にあるのかも知れませんが、残されているもので見る限り日本独自のものです。

    平安時代の末から、死者に対する供養塔として盛んに建立されました。

    とくに高野聖といわれる人たちによって広められました。

    高野聖は死者の極楽往生のため遺骨を高野山に分骨して祀ることを勧めて回った僧侶たちです。高野山にお参りすると、奥の院の長い参道に何十万基ともつかない五輪塔があって彼らの活動がいかに活発であったかを示しています。

     

    祥雲寺でも、法事の際には必ず卒塔婆を建立して供養の証(あかし)としています。これについて私は次のように説明しています。

     

    「今日、お施主を中心に大勢の方が集まり、尊いお経が上げられるなかで、手を合わせ、御焼香して本尊様に個人の冥福を祈りました。その祈りの心は目に見えるものではありません。目に見えない心を仏教徒の信仰の象徴であった卒塔婆の形に書き付けて形に表わしてささげるのがこのお塔婆です。」

     

    祈りの心が込められたとき卒塔婆は単なる板きれとは違ってきます。

    卒塔婆をささげる習慣はこれからも大事にしてゆきたいものです。

     

    平成22年7月15日  祥雲寺住職 安藤明之

     

    18日の観音様の朝詣りは午前6時から行います。

     

  • 宇都宮仏教会戦災法要(於 祥雲寺)

    2010年7月12日

     

    第二次世界大戦末期の昭和20年7月、宇都宮は空襲を受け、600人以上の人が焼死したと言われています。

    宇都宮仏教会では毎年死者の御供養をする戦災法要を例年行ってきました。

    今年は祥雲寺を会場とし、7月12日10時より遺族の方に集まって頂き法要を行いました。

     

    須弥壇(仏様の台座)に戦災殉難者の位牌を祀り、祭壇を用意します。

     

    遺族の方たちが集まり、法要開始の前に式次第を説明しています。

     

    宇都宮仏教会会長を導師として、市内各宗派のお坊さんが並んで法要を行います。

    この写真では花びらの絵が描かれた紙を散らし、場を清めている所です。

     

    社会福祉協議会代表と、遺族会代表による追悼の辞を述べています。

     

    最後に遺族の方達全員で焼香を行います。

     

    そばで見ていると一心にお祈りされている方が多く、

    戦争の爪痕の傷の深さ重さがひしひしと感じられました。

     

    最後に仏教会会員の記念撮影。

     

    何時も思うことですが、

    これだけ違う宗派のお坊さんが一丸となって事にあたれる場があるというのは

    大変ありがたいことです。

     

  • 平成22年べんてん祭り

    2010年7月12日

     

    毎年7月7日はたなばた祭りです。

    祥雲寺ではこの日に合わせてべんてん祭りを行っています。

    七福神唯一の女性でもある弁才天(弁天様)は音楽文学技芸の神様として、古くから信仰されている神様です。

     

    祥雲寺裏手の池に咲く蓮の花。

     

    ここ数日天気が安定せず何時咲くのかと思っていましたが

    丁度良い日に花を咲かせてくれました。

    蓮の花はインドを原産とする、仏教を象徴する花としてどのお寺でも大変大切にされてきました。

     

    まつりの席を設営中の祥雲寺羅漢の会。

    天気が不安定だったので直前に設営を行っています。

    11時前になり、いよいよ開催となります。

    天気に若干の不安がありましたが、大勢の方にお集まりいただけてホッとしました。

     

    祭りが始まり、最初にご詠歌講の方達による合唱で導師と式衆をお迎えします。

     

    ご詠歌に合わせ、導師の入場となります。

    まず最初に弁天様の真言をお唱えし、般若心経を太鼓を打ち鳴らしながら読経します。

     

    続いて焼香になります。

     

    導師から洒水器を預かった式衆が焼香されている参拝者の頭に水をふりまき

    厄や障りを流して(厄難消除)今後の無事を願います。

     

    外の法要が終わった後は庫裏に入って設斎になります。

    婦人会の皆さんが作った精進料理と共に冷たい飲み物を頂きました。

     

    台所は一斉に大勢の人数をもてなすので大忙しです。

    この日は朝から何十人分の食材を切って揚げて調理をし、準備を行います。

     

    食事と共に毎年恒例のすり鉢灸を韋駄天様の前で行います。

     

    法要に使った線香を種火にして火をおこし、すりばちにもぐさを盛って頭にお灸をすえます。

    梅雨の時期まっただ中で予報も降水確率50%の悪条件でしたが、日中は雨に降られることもなく、比較的涼しい天気の中で無事円成することができました。

     

    このべんてん祭りを迎えると、夏が始まったことを実感します。

    すり鉢灸で汗を流して健康をお祈りしたことですし

    祥雲寺の夏の終わりでもある8月29日のお施餓鬼まで張り切って頑張りたいと思いました。

     

  • 平成22年本山参拝

    2010年6月30日

     

    さる6月7日~9日の日程で、曹洞宗大本山永平寺に参拝団を組み、お参りしてまいりました。

    祥雲寺では例年曹洞宗の二大本山である永平寺と總持寺を交互にお参りしています。

     

    関越自動車道走行中の写真。

    福井永平寺までバスで移動する為、朝早くに出て夕方近くに到着の行程となります。

     

    永平寺応供台での夕食。

    他の参拝団の方と一緒に膳につき、作法に則って食事を頂きます。

     

    夕食了っての座禅、法話の時間。

     

    参拝者に永平寺での修行の一端、禅の教えを知ってもらうため、

    夕食の後はこのような座禅の時間をとっています。

     

    翌朝、不老閣での一枚。

     

    不老閣というのは永平寺の管長、禅師様の御住いにあたります。

    めったにお参りすることのできない場所ですが、今回ご縁を頂き

    参拝団の皆さんと一緒に禅師様にお参りすることができました。

     

    めったにないことなので、参加者一同大変緊張していたようです。

     

    2日目永平寺を出て瑞泉寺にお参りしました。

    山門の所では近所の小学生が写生に来ていたようです。

     

    瑞泉寺総門前で一枚。

     

    世界遺産白川郷の展望台で集合写真。

     

    白川郷は合掌造りの民家を保存し、

    昔ながらの農村風景を現代に残している大変素晴らしいところです。

     

    散策中の一枚。

     

    参加者に元々農家であった人もいるので

    建物に入ると、これはこういう使い方をしたものだ、と懐かしそうに話す方もいました。

     

    高山まつりの森、施設内での一枚。

     

    まつりの森は高山の夜祭りの風情を味わえる大きな洞窟内の施設になります。

    祭りばやしや太鼓が鳴らされ、またそれらを体験することができる非常に楽しい施設です。

     

    山車の前での一枚。

     

    高山の祭りと言えば春の山王祭りと、秋の八幡祭りの二つが日本3大美祭に数えられるほど有名です。

    高山祭の魅力は、美しい祭屋台にあります。

    その美しさは動く陽明門とも称えられるそうですが、このミュージアムにくると、いずれ本物の高山祭を見てみたくなります。

     

    3日目、高山に宿泊して旧街道沿いをぐるり散策し、朝市を見てきました。

     

    朝市に出店するおばちゃんたちは総じて商売上手で、

    皆さんお土産を買いこみすぎてしまい苦笑していました。

     

    今年も皆体調を崩すことなく、楽しい参拝旅行を行うことができました。

    来年は總持寺御移東100周年に合わせてのお参りを企画しています。

    また多くの方に良いお参りをしてもらえるよう計画していきたいと思います。

     

祥雲寺行事案内

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