ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

栃木 宇都宮 祥雲寺 | 桜や祭りが名物の寺

新着ブログ

  • 平成30年9月 観音朝詣りのお知らせ

    2018年9月17日

    山形の日光参拝旅行団が祥雲寺に寄られお参りされました。

    祥雲寺住職と修行時代を共にした方だそうです。

    本堂裏手の羅漢渓にて。 先日10日放映のドラマロケの現場になりました。

     

     

     今年は災害の多い年です。

    7月の西日本豪雨、9月に台風21号の猛威、すぐ続いて北海道の地震です。

     

     9月6日のテレビには、空から撮った震源地の映像が映されました。

    山々の斜面が至る所で崩れ落ちているのを見て、アナウンサーが「これ全部けさ崩れたんですか」と問いかけていました。

    私もにわかには信じられませんでした。

     

     日本列島は、自然の恵みに満ちています。

    山は森に覆われ動物も植物も多種多様、海は世界四大漁場といわれて魚をはじめ海産物が豊か、野も長年の丹精によって造られた耕作地が広がります。

    世界でもまれな豊かな島々です。

    日本人はこの恵みを受けて命を繋いできました。

     

     しかし時至れば、山は火を噴き、地は震い、海からは大波が押し寄せてくる。

    本年のように天災が続くと、人間は自然には逆らえないことを実感します。

     

     カミ(神様)とは、自然の奥に人間を超えた力があると日本人が感じ、それを神聖なものとして表した言葉です。

    カミ(神様)に対しては、恐れ敬い畏(かしこ)み謹んで、幸せをもたらしたまえと祈ってきました。

    日本に生まれた神道は、まさしく自然崇拝の宗教です。

     

     このような宗教を持つことは、人間の心のはたらきとして自然なことではないでしょうか。

    人間は自然の中から生まれたものなのですから。

     

     自然が美しく、四季折々の変化に富み、恵みも災いももたらす、そんな風土にいのちを営んできた日本人にふさわしい宗教のあり方だと思います。

     

     仏教が日本に伝わり、神道と争うことなく、一体となった歴史を刻んできたのは、基本となる生命観、自然観がそれほど離れたものでなかったからです。

    仏教は、我々を取りまく自然を、仏様の被造物とするような考えを持ちません。

    私達は自然の一部であり、一体のものです。

     

     お釈迦様は、私達が目にする世界だけでなく、人間には捉えられない世界も含めてそれを貫く真理を悟られて、その悟りの境地から人間の生き方を説かれました。

     

     自然と調和して生きることは仏教の教えでもあるのです。

     

     平成30年9月15日 

                                          祥雲寺住職 安藤明之

     

    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

  • 平成30年8月29日 大施餓鬼会

    2018年9月2日

    毎年8月29日は祥雲寺の施餓鬼の日になります。

    一年に一度の、全檀家さんの供養法要ですので準備も5月から行ってきました。

    今年は7月から8月の始めが特に暑かったので注意していましたが

    幸いこの日は少し雨が降るくらいの曇り空で暑さも程々、大勢の檀家さんを迎えるのに問題ない天候になってくれました。

     

     

    施餓鬼棚。このサイズのマコモがどこにも売っていないので困りものです。

    檀信徒交流会。一年の行事報告や伽藍修繕などを検討します。

    午後の最初は法話。山形の三部義道老師に御法話をお願いしています。

    法話終わって施餓鬼の法要。仏さまにお供えをしています。

    本尊様への焼香。

    切り替わって施餓鬼棚を向いての法要。 これが終わると祥雲寺も秋模様に切り替わっていきます。

  • 30年8月 朝坐禅会「指月の会」案内

    2018年8月26日

    8月16日、送り盆。本堂の前では午前中送り火を焚いています。

     

    羅漢渓では蓮がそろそろ見頃の終わりを迎えています。

     

    生をあきらめ死をあきらむるは仏家一大事の因縁なり

                               『正法眼蔵』永平道元

     

    先日座禅会にて、葬儀の現代化について参加者から話が出ていました。

    聞くところでは、ロボットに僧侶の装束をさせてお経や法話を再生させ、木魚や鐘をならして法事を代行するサービスの展示なるものが行われていたそうです。

    そうした代行業者に葬儀法要の仕事をもって行かれたら収入がなくなってしまうのでは無いのか、と聞かれることもありますが、私はあまり心配していません。

    駒沢の安藤嘉則教授の講義によれば、全国の数多の寺院は、集落として力を持ってきた全国の村々で弔いをしてほしいという要望を受けて僧侶が求められたからこそあるのだそうです。

    そして、僧侶にお弔いが依頼されたのは、「如何に生きるか(如何に死ぬか)」という人生の命題に同じ人間として取り組んだ人なればこそだと思っています。

    ロボットのマニュアル再生のお話、あるいは発展すればAIによって臨機応変な法話といったものも将来あり得るのかもしれませんが、そこには同じ人間だからこそ相通じる「共感」があり得る物ではありません。

    そんなことを心配するならば、自らの精進を如何に人に聞きやすく説けるかを悩むべき、というのが私の思うところです。

                       祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。
    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。
    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。
    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

    日時:8月27日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)
    6時30分~7時10分(一回目の坐禅)
    7時20分~8時    (二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。
    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

    注意:初めての方は最初に指導を行います。
    その為可能ならば一回目の坐禅から参加されてください。
    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

  • 平成30年8月 観音朝詣りのお知らせ

    2018年8月12日

    近所の育成会の子たちと蓮池にて

    育成会の子たちの坐禅会にて、まずは合掌の作法から

    15分ほどですががんばっていました

     

    いただきます ごちそうさま(でした)

     

     昭和になってから広く使われるようになったのだそうですが、ともかく素晴らしい言葉です。

     曹洞宗の修行道場では、食事の前に五観の偈を唱えます。

    意味を要約しますと

    1、この食べ物がここに来るまでの、天地の恵み、人々の労苦に思いをいたします。〈天地人の恵みへの感謝〉

    2、私がこの食べ物を戴くだけの行いをしているかを省みます。(自らの行いへの内省)

    3、正しい心を保つ修行として、食べ物へのむさぼりやすき嫌いをいたしません。(食事も修行とする表明)

    4、この食べ物は、私の命を保つための貴重な薬であるとの思いをいたします。(食物の貴さの自覚)

    5、仏さまの説かれた道を成し遂げるために、この食べ物をいただきます(最高の高みに向かう志の表明)

     食事を終えて最後に次の言葉を唱えます。

    願わくはこの功徳をもって、あまねく一切に及ぼし、

     我らと衆生とみな共に仏道を成(じょう)ぜんことを

     

     仏道修行の志を持って食事するならば、それは功徳を積む行となります。

    自分の積んだ功徳をおのれのものとしないで、世の中すべてのものにめぐらし向けて、すべての幸せを祈る。

    この言葉は普回向文といって、仏教徒共通の祈りの言葉です。

    「いただきます」、「ごちそうさま(でした)」の心をひもといて行くと、この五観の偈の言葉と通じ合うと思います。

    「いただきます」は、人間を超えた大いなるものとこの世に共に生きる人たちへの感謝を、敬意を持って端的に表しています。

     

     「ごちそうさま」は、食事を調えるために馳せ、走りまわった人へのねぎらいと感謝の言葉です。

    普段、何気なく使っている言葉の意味を考えてみることも大切です。

    それによって言葉に魂がこもりますから。

     また逆に、深い意味を持つことを簡単な言葉にすることの素晴らしさも感じることができます。

     

     平成30年8月15日

                            祥雲寺住職 安藤明之

    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

  • 30年7月 朝坐禅会「指月の会」案内

    2018年7月19日

    いかなるところにも塔を建てて供養すべし、故は如何、正に知るべし、このところは即ちこれ道場なり。

     

    神力品」

     

    来年二月にミャンマー参拝団体旅行の企画をしています。

    二年前にインドにお参りして、仏跡にたくさんの国の方がお参りしているのを見ました。

    洋の東西、文化人種を問わず、同じようにお釈迦様の教えを尊ばれていて、今日同じように仏跡に手を合わせている、歴史の大きな流れや仏教の懐の深さというものを感じるように思います。

    そしてやはり、東南アジアの国々から来られている方はとりわけ多く、熱心に礼拝をされていらっしゃいます。

    この方達の信仰、仏教文化を見聞きしてみたい。それは多くの気づきを私たちに教えてくれるものとなるはずだろう、そうした思いを強く持ちました。

     

    ミャンマーの仏教文化というと「パゴダ」と呼ばれる仏塔の林立する姿が観光パンフレットなどでも多く取り上げられます。

    塔は仏教のシンボルです。お釈迦様は遺骨を塔に祀られ、上記の経典でも仏教徒はどんなところでも塔を祀り精進に励みなさい、と書かれています。

    先日映画の「ビルマの竪琴」を見て、作中で水島上等兵を看病した老僧が

    「ここは仏の国じゃ、旗の色が変わろうとも何も変わらない。勝つも負けるも意味がないとなぜわからない」といったことを教え諭していました。

    仏教は「無常」を大前提としています。

    この世の全ては移り変わり、留まることはなくそのままであってほしいと願ってもかなうことはない。

    そしてその中で、人はどう生きたら安心をすることができるのかを説くのが仏教です。

    変わっていく世界の中で、変わることのない尊さ。

    ミャンマーの人たちはそれを目に見える形にしようとして、仏教のシンボルである塔「パゴダ」を作ったのではないか。

    その心根が表れているからこそ、パゴダは白く壮麗な姿で分け隔てなく参拝者を迎えているのではないだろうか。

    そんな感想を持ちました。

     

    参拝の為、またかの地で戦没した方たちの慰霊の為、そして楽しい思い出となる様観光の為旅行の企画を練っています。

    大勢の方の参加をお待ちしています。

     

    祥雲寺副住職 安藤淳之

     

    一人で修行を行おうとすると、怠けてしまったり後回しにしてしまい続かない場合もあります。
    ですがみんなで行えば、難しいことでも楽しく行えるはずです。
    この朝坐禅会はそのような場となるよう始めました。
    一日の始まりを迎えるこのひと時、ご一緒に「かろやかに」生きてみませんか?

    日時:7月23日(月)朝6時半~8時(途中参加、途中退出可)
    6時30分~7時10分(一回目の坐禅)
    7時20分~8時    (二回目の坐禅)

    場所:祥雲寺本堂一階

    用意:身一つで大丈夫です。
    足の組めない方は椅子での坐禅もできます。

    注意:初めての方は最初に指導を行います。
    その為可能ならば一回目の坐禅から参加されてください。
    また、祥雲寺では毎週水曜夜6時(第四水曜のみ休み)、雀宮布教所「善応院」にて坐禅会を行っています。

祥雲寺行事案内

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