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令和3年三月 観音朝詣り
2021年3月16日2月21日の朝、NHKで「新日本紀行『南栃木』」という番組がありました。
昭和44年の映像の再放送です。
渡良瀬川の渡し守りから始まって、足利の機織りと友禅流し、出流山の行者、葛生の砕石場、蔵の町の伝統を守ろうとする栃木、工業化し若者のあふれる小山、最後は足尾鉱毒事件で廃村になった谷中村跡の様子でした。
経済高度成長期のまっただ中、変わりゆく日本が捉えられ、身近な地域の映像だけに感慨深いものがありました。
NHKは質の高い番組を作ってきたと思います。
それは、ドキュメントに限らず、科学番組や政治経済番組、さらには娯楽番組までにもいえることです。
ところが、現在NHKへの風あたりはとても強いのです。
政権に近い保守派からは、報道が政策批判に偏向していると非難され、国営放送として「粛々と」事実のみを伝えればよいと言われます。
実はその事実とは為政者に都合のよい事実を指すのですが。
一方では、NHKが政府の意向を忖度して事実を伝えていないとの批判も多くなされています。
両方向からの批判にさらされるのは、国民から受信料を取って、独立採算制で運営しているからです。
税金を財源としないので国営放送ではなく公共放送です。
公共放送というのは、電波は国民の共有財産であるという考えに基づいています。
国民のものとして、事業・予算と経営委員の任命は国会の承認に依り、間接的に国民が運営に関わるという建前です。
お金を出していれば、口を出したくなるのは世の常です。
放送内容や運営について物言いがたくさんなされるのはよいことだと思います。
しかし、それが受信料の否定につながるのはよいこととは思えません。
受信料を国民が負担し、それ故に国民の監視を受けなければならないという建前になっているからこそ、よい番組を作り続けてきたのだと思います。
学術、文化に関わるものは基本的に政治、権力から干渉されないようにすべきです。その意味で、現在の公共放送のあり方は維持していくべきだと思います。
令和3年3月15日
宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺住職 安藤明之
十八日の朝詣りは午前6時から行います。
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3月の行事案内
2021年2月28日3月の諸行事今月から月ごとの行事案内を載せていきます。ご興味の方は電話にてお問い合わせ下さい。■雀宮善應院坐禅会(第四水曜日のみお休み)宇都宮南町1番36号「善應院」にて毎週水曜日夜6時から行っている坐禅会です。3月3日、10日、17日、31日■月例坐禅会「指月の会」祥雲寺本堂にて毎月第四月曜日朝6時半から行っている坐禅会です。3月22日■テラヨガこの春からの新企画。阿久津先生指導の下第一第三金曜日午前10時半から行っています。3月5日、19日■陶芸教室「祥陶会」駐車場下の作陶場にて毎週火、木午後1時から行っています。平常開催■石彫会「羅漢の会」毎週土曜午後、駐車場作事場にて石仏の彫刻を行っています。指導は松原「金野石材店」平常開催■茶道教室月二回火曜日午後に、裏千家鈴木先生のご指導の下行っています。3月2日、16日開催■写経会写経会は5月から11月、第二日曜日午後にて行っています。今月はありません■御詠歌祥雲寺住職、並びに栃木市豊栖院飯塚先生の指導の下月2回行っています。3月9日は本年最初の練習日「鉦起こし」です。■フラワーアレンジメント教室南宇都宮駅前「フラワー花亀」亀井先生指導の下第四水曜日午後1時半より行っています。3月24日開催■折り紙教室カルチャースクール講師長谷川京子先生指導のもと第3水曜日午前より行っています。3月17日開催■クラフトペーパー教室同じくカルチャースクール講師長谷川先生指導のもと第2月曜日午前より行っています。3月8日開催■観音朝詣り境内33観音霊場を18日朝にお参りするミニ巡礼会です。開始時間は季節により前後します。今月は午前6時から■東日本震災慰霊法要3月11日2時46分、しだれ桜裏の無縁供養塔内の東日本震災慰霊塔にて読経の予定。■山本観音堂開扉法要3月17日昼、市内山本地区観音堂にて例年ご開帳を行っていますが、今年はコロナ禍の為中止。 -
令和3年2月 朝坐禅会「指月の会」案内
2021年2月21日小欲知足2月15日はお釈迦様の亡くなられた命日です。お寺では涅槃図という、臨終の床に着かれたお釈迦様の回りを沢山の方が見守り悲しんでいるシーンの図を掲げ、この日を偲びお経を上げます。この時に読むお経が、まさにこの臨終の場で説かれた遺言の教え、遺教経です。この遺教経の中で説かれている言葉に小欲知足があります。欲をかかず、(求めずとも)足りることを知ることは心の平穏に繋がるんだよ、というお諭しの言葉です。私がこの知足を考えるとき、出てくるのは学生時代に読んだムーミンの登場人物、スナフキンの台詞です。何でも自分のものにして持って帰ろうとすると難しいものなんだよ。ぼくは見るだけにしてるんだ。そして立ち去るときにはそれを頭の中へしまっておくのさ。そのほうがかばんをうんうんいいながら運ぶより、ずっと快適だからね。ムーミンは子供心には少し不思議な外国の童話でしたが、大人になってから見ると実に味わいのある物語で、殊にスナフキンの存在は異彩を放っています。旅人として一人歩むものとして、世俗に交わらず欲に惑わされることを避け、身も心も身軽であることの素晴らしさを教えてくれているように思います。洋の東西を問わず、一人歩もうとする人の言葉には共通点が出てくる物だと改めて感じました。最後に祥雲寺で檀務に用いている『略訳遺教経』の中、少欲知足を書いた章を載せて結びとします。「おんみら修行者よ、求むる処少なきものは心安らぎてうれいおそるることなく、ことにふれて足らざることなきを。もし悩み苦しみを逃れんには足るを知るにしくはなく、さとりの安楽を求めんにはひとり閑かに想うべし」祥雲寺副住職 安藤淳之当分の間6時半からの一座のみとなります。 -
令和3年二月 観音朝詣り
2021年2月17日古(いにしえ)より民(たみ)を駆(か)るは信誠にあり王安石の詩「商鞅」より<意味> 昔から人を動かすのは言葉をたがえないことにあるアメリカ大統領の就任演説と管首相の所信表明演説を比べるテレビ番組のコメントや新聞雑誌の記事がたくさんありました。日本の首相を褒めたものは見聞きしませんでした。聞くものの心に訴えてくるものがないというのです。演説は人の心を揺り動かして演説者の思うところを人に納得させ、さらには行動を促すためにするものです。ヨーロッパではギリシャ・ローマ時代から人の上に立とうとする者にとって必須の素養とされました。チャーチルは少年時代、勉強嫌いの落ちこぼれ生徒でしたが、国語(英語)だけは好きで、特に人の心に訴えかける修辞法を熱心に勉強しました。彼の演説は、英国民を奮い立たせ第2次世界大戦を勝利に導きました。確かに政治家にとって演説は大事なものですが、文化の違いを考えないで、演説の善し悪しを比較するのはいかがなものでしょうか。日本の政治家は概して演説は下手ですから、その中身を丁寧に伝えるのが報道機関にとって何より大切だと思うのです。私は管総理の政治姿勢や手法には大きな問題があると思っていますが、それはさておいて、演説の技巧に目を向けすぎると、薄っぺらな報道になってしまいます。また、相手を言い負かして自己主張するだけの無責任な論調も蔓延しているように思えます。仮に内容に問題のある演説を無批判に持ち上げるようなことがあれば、それは国の将来を誤ります。チャーチル以上の演説の名手はヒトラーでした。王安石は、中国の北宋時代に国の改革を成功させた政治家です。彼は言葉は信頼にあると考え、冒頭の言葉に続いて「一言を重しとなし百金軽し」と言い切っています。言葉に責任を持つことを信(まこと)と言うのです。令和3年2月15日宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺住職 安藤明之寒さ厳しい時ですので十八日の朝詣りは午前9時から行います。











