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令和8年3月 朝坐禅会「指月の会」案内(3月16日朝6時半より)
2026年3月15日実相を証すれば人法無し(悟りの世界の視点から見るならば人間界の取り決めなど何もない)
『証道歌』
先月はカンボジアラオス参拝旅行に行ってきました。
アンコールワットなどの遺跡では石の仏さまが多かったですが、僧侶が修行してお参りされる寺院では金箔の本尊様が殆どでした。
東南アジアの仏教国では多くの仏さまが金色で、尊い方のお姿は輝いているものとの認識があるのでしょう。
これまでお参りした国でミャンマーなどは金の産出国ではありますが、お参りする仏塔(パゴダ)などに賽銭感覚で金箔を張り付ける習慣があり、ある寺院の仏像は金箔を張り付けられすぎて原型が解らなくなって、着膨れしたダルマさんみたいになっている所もありました。
日本でも願掛けにお像に縄をかけ、正月だかに縄を切り取る時だけお姿を顕す仏さまが先日テレビに映っていたので、方法の差こそあれ願いを託すという点では同じなのでしょう。
さて、こちら祥雲寺では毎月第四月曜日の朝にこうして朝坐禅会を行って十年になりますが、雀宮出張所善應院での毎週の坐禅会はもう二十年になります。
私が大本山での修行から帰ってすぐの頃から始め、小さい庵ながらそれなりに長く続けてこられました。
私が多少なりとも禅や仏教について説示できるのも、来られる方に時間を無駄にしたと思われないよう工夫せねばと苦心したからで、参加される方に鍛えていただいたお陰でもあります。
この善應院、10㎞南の雀宮にあるだけに常駐はできないので維持清掃には地元の参加者のご協力が欠かせず、お陰で檀務と平行しながら続けられているものです。
先週末に十年以上通われている方から電話があり、善應院の本尊の観音様を掃除していたらお顔を汚してしまったと謝罪をされてしまいました。
私にすれば謝罪されるよりも感謝が先に来るもので、お掃除頂いて助かっています、確認していませんが観音様は年月重ねた風格が出たかもしれないですね、とお返事しました。
宗教美術、事に仏像の類いは、それそのものの材質や彫刻彫像の技量、重ねた年月と由来で判断される価値や評価よりも、その姿が表現する印象、心の有り様こそが尊ばれるものであるはずです。
唐代宋代の中国の禅僧は大きな名刹に住職赴任する際の詩偈で、大きな本尊様よ貴方の教えは尊いがその大きな金ピカの姿を拝むのはまっぴらごめんです、と権威に盲従しない自由闊達な禅境を詠ったものが幾つもあります。
最近聞いたタイのお話に、仏教国で美術家を目指す若い女性がウルトラマンの姿をした仏陀の姿をアートとして発表して大きな社会的反響があったそうです。
最終的には非難の声が強くて、作者の女性が高僧に謝罪を述べる形で幕引きとなったそうですが、当の仏さまなら柳に風と流されたのではないかなぁ、なんて思いながら聞いていました。
毀誉褒貶は世の常で、そうした世の中の物差しから離れることこそが出家であるはずで、だから仏さまの姿は清浄無為の佇まいなのでしょう。
個々の色眼鏡、世間の物差しを離れるのが仏道。前も紹介しました内山興正老師のお言葉を借りるならば、のぼせが下がって正気の沙汰になった目でものを見る。
多生煤けてしまったとて仏は仏。
そう心から思える坐禅会とお話の時間を勤められるよう励んでいきたいです。
祥雲寺 安藤淳之
偏りのない、こだわりのない、囚われのない時間。
欲から離れた、我を起点としない時間。これがそのまま非思量、ほとけ心に生きられる修行です。
我を離れることの出来る閑かな時間、坐禅の時間を御一緒にいかがですか?
この指月坐禅会は第四月曜日朝に毎月行っています。当分の間は6時半開始、一炷(坐禅一座)のみとなります。初めての方は15分前に来てください。来月の開催は第四週4月27日月となります。また、雀宮善応院坐禅会は第四水曜日以外毎週行っています。 -
三月 観音朝詣りのお知らせ
2026年3月15日室町時代は民衆の活動が活き活きした時代でした。
そこから現在につながる多くの文化が生まれました。
畳の座敷など、形で伝わっているものだけでなく、精神的なものがそのまま伝えられています。
能楽などでは舞台で表現される時代の雰囲気が現代に通じていて、面白くもあり興味深いものです。
弱法師(よろぼし)という能があります。
主人公(仕手 シテ)は長者の跡取りとした生まれたが継母の讒言によって勘当され悲しみのあまり盲目となり弱法師といわれた乞食僧。
舞台は聖徳太子によって建てられた日本最古の寺である難波の四天王寺。
父親は息子を勘当したことを後悔し、罪滅ぼしに春の彼岸に四天王寺で多くの貧民に施しをします。そこに現われた弱法師は、法師としてたどり着いた精神的な高い境涯と、乞食として蔑まれる現実との落差に苦しみ、狂気の舞を見せるのがこの能の見せ場になっています。
現代の演劇にも通じるような精神的な葛藤を描いていて、多くの現代作家が論評し、三島由紀夫はこの能をもとにした現代劇を創作しました。
この能には、主人公の苦しみを救う道として仏教各宗派の教えが出てきます。
彼岸の中日には西方浄土の東門から夕日が射すと信じ、それを拝んで極楽往生を願う浄土教の教え。
その光を人々が皆で拝めるようにと律宗の忍性上人が建てた石造の鳥居。
上人は貧民救済のため力を尽し菩薩とたたえられた方です。
目の当たりに拡がる命に満ちた山河大地の中に悟りがあるという禅宗の教え。
即身成仏を説く真言宗の阿字観の修法など。
すべては民衆救済に向けて仏教各宗派が懸命に活動したことを表わすものです。
瑩山禅師の教えを汲んだ曹洞宗の布教も、この時代に盛んに行なわれました。祥雲寺も室町時代の開創です。
人々のためにという仏教の根本姿勢を忘れてはならないと自戒しています。
令和8年3月15日
宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺東堂 安藤明之
十八日の朝詣りは午前6時から行います。
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令和8年3月の諸行事
2026年3月3日3月の諸行事 ご興味のある方はお問い合わせ下さい。
■春彼岸会 3月17日~23日(3月20日中日、建牌式)
■西国札所巡礼第四回(3月23~25日)
西国観音霊場巡礼の旅第四回目。京都北部から琵琶湖経由して岐阜を巡る最後の旅となります。
■山本観音堂御開帳(3月17日11時~13時)
祥雲寺北の山本地区で、古くから信仰されている秘仏である観音様のご開帳。
■雀宮善應院坐禅会(第四水曜日のみお休み)
宇都宮南町1番36号「善應院」にて毎週水曜日(第四以外)夜6時から行っている坐禅会です。
3月4日、11日、18日
■月例坐禅会「指月の会」(3月16日)
祥雲寺本堂にて毎月第四月曜朝6時半から行っている坐禅会です。
西国札所巡礼第四回と被る為、今月は第三週16日開催となります。
■テラヨガ(ヨガ教室)
阿久津先生指導の下第一第三金曜日10時半から。初心者クラスは第二第四金曜日10時半から
■陶芸教室「祥陶会」
駐車場下の作陶場にて毎週火、木午後1時から行っています。
■石彫会「羅漢の会」
毎週土曜午後、駐車場作事場にて石仏の彫刻を行っています。指導は松原「金野石材店」
■茶道教室
月二回火曜日午後1時半から、裏千家平山尚子先生のご指導の下行っています。
3月10日、17日
■写経会
写経会は5月から11月、第二日曜日午後2時から行っています。
4月花祭り写経会までお休みとなります。
■御詠歌
3月5日 10時~12時 飯塚先生御詠歌
3月12日 10時~12時 東堂指導
3月16日 1時半~3時半 長岡公民館御詠歌
■フラワーアレンジメント教室
南宇都宮駅前「フラワー花亀」亀井先生指導の下第四水曜日午後1時半より行っています。
3月18日 花材代2,500円
■折り紙教室
カルチャースクール講師長谷川京子先生指導のもと第3水曜日午前10時よりより行っています。
3月18日
■クラフトペーパー教室
同じくカルチャースクール講師長谷川先生指導のもと第2月曜日午前10時より行っています。
3月9日
■観音朝詣り
境内33観音霊場を18日朝にお参りするミニ巡礼会です。開始時間は季節により前後します。
今月は午前 6 時 から 祥雲寺℡(028)622-5719
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令和8年2月 朝坐禅会「指月の会」案内(2月23日朝6時半より)
2026年2月22日寒い冬も終わりが近くなり、暖かい日が徐々に増えてきました。
入り口の梅林も紅白の梅が綺麗に咲いて、春の訪れを感じさせます。
縮こまっていた手足も段々動きが良くなってきて、お散歩で境内を歩く人がチラホラ見られるようになりました。
先日も良く晴れて暖かい日になったので、調子悪目で些か寝不足でしたが、気晴らしも兼ねて普段行かない場所に行ってみようと、町中にある外国の料理店に入ってみました。
宇都宮も海外の人が増えてお店も国際色豊かになってきて、面白い食事も簡単に楽しめるというものです。
少し無難に東南アジア風チキンチャーハンを頼んで待っていたら、隣の席の人に声をかけられました。
年上のスーツを着た人で、待つ時間のおしゃべり相手が来てくれた!という風です。
彼は他県の水産加工関連の方で会議のために宇都宮に来たそうで、会話の中で私がお寺のお坊さんと知り、色々質問されました。
料理が来てからも話は止まらず、段々相談というか悩みを聞いてくれという向きになってきました。
自分は氷河期世代で適正のない職種にしがみついてここまでやってきたが、下の世代にも上の世代にも様々押しつけられワリを喰うばかりで、家族と居たいのにろくに一緒に居ることも出来ない、幸せって何だろう、とテンションが大分様変わりしました。
私も食事しながら付き合っていて変化に付いていけず、さりとて折角悩みを持ちかけている人を無礙には出来ないと、寝不足と不調で回らない頭ながら何とか答えようとして、結果大分筋違いの返答をしてしまいました。
責任も何もない所ではあっても悔いがあります。
不調もありましたが、自分がお坊さんとして鈍っている事を自覚させられました。
そもそもこうした相談の時にはマニュアルという程ではないですが定型があり、まずはよくよく聞いて、早々に答えようとするべきでないのです。
東日本震災のボランティアで被災地支援をしていた時、傾聴活動もしていました。
先輩から繰り返し言われたのが、
傾聴は相手の話を良く聞く姿勢を示し、聞くまでで良い。
当人の悩みは根本的には当人にしか解決できず、余人に過ぎない我々では差し出口ともなる。
悩む人は悩みを聴いて貰うだけでも助けとなり、言語化して打ち明ける中で頭が整理されることもある。
だから聞く耳と聞く姿勢と時間こそが肝心で、拙速な回答はするべきものではない。
今改めて自分が相談にのるならば、やはり先輩の言葉に同じく、まず良く聞くところからでしょう。
もっとしっかり聞く中で、もしかしたら小欲知足とか脚下照顧といった禅語を例に、こういう受け取り方もあるのでは、と答えるかもしれません。
しかし禅僧の私としては、全国何処にでもお寺はあって必ず坐禅会は近くで出来るところがあるはずだから、一旦坐ってみては如何でしょうか、と答える道筋もあったでしょう。
抱えてしまっているあれこれを一時手放して、自分と足跡を落ち着いて見返してみる。
それこそ悩みを地力で解決する一助となり得るはずで、二度と無いかもしれませんが次回があったときに悔いが残ることのないよう私なりの道筋を整理してみました。
祥雲寺 安藤淳之
偏りのない、こだわりのない、囚われのない時間。
欲から離れた、我を起点としない時間。これがそのまま非思量、ほとけ心に生きられる修行です。
我を離れることの出来る閑かな時間、坐禅の時間を御一緒にいかがですか?
この指月坐禅会は第四月曜日朝に毎月行っています。当分の間は6時半開始、一炷(坐禅一座)のみとなります。初めての方は15分前に来てください。来月の開催は第四回西国札所巡礼と日程が重なるため今回だけ第三週3月16日月となります。また、雀宮善応院坐禅会は第四水曜日以外毎週行っています。 -
2月 観音朝詣りのお知らせ
2026年2月13日2月15日はお釈迦様が涅槃に入られた日、涅槃会です。
お寺では2月になると涅槃図を掛け、毎日お釈迦様の最後の説法である遺教経を読誦して15日の涅槃会を迎えます。
涅槃とはパーリ語で、迷い、すなわち煩悩の火を吹き消したことを表わす言葉を漢字に音写したものです。
煩悩は自己中心の考え、それに基づくものごとへの執着から生まれます。
お釈迦様は最後の説法で修行者達に、これまでお説きになった戒めを一人一人が守って精進することこそが迷いから脱する道であるとされました。
そのために、修行者が自らを灯火とし、法を灯火としなさいとも説かれました。
お釈迦様が説かれた日々の行ない、心の持ちようについての教えは決して難しいものではありません。
法句経などには人間が幸せに生きる道が誰にでも分かるように説かれています。
また、教えの根底にある理論から構築される世界観は、科学的な世界観と矛盾するものではありません。
今日世界をリードする多くの思想家が、仏教が最も納得のいく教えだと評してもいます。
少なくとも倫理道徳としては、仏教徒でなくても誰にでも納得のいく教えであり、人類の叡智として尊重されるべきものと思います。
ただ、宗教としての仏教の尊さはその先にあります。
涅槃は釈迦という一人の人が煩悩の火を消して永遠の安らぎに入ったとの事実だけを指しているのではないのです。
煩悩の火を消し去り、世界を貫く真理を明らめて仏陀(覚者・悟った人)となった方が、肉体の制約も離れられて、時間、空間を超えた無限の世界にその慈悲を及ぼすことになられたことを涅槃というのです。
いかに行ないを正し勤めても迷いの渕にあり、あるいは勤めきれずに苦しむのが人間の姿です。
そんな人間にも仏の大慈悲は及び、導いてくださる
。これを無住処涅槃といいます。
これは理屈を超えた信仰です。
令和8年2月15日
宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺東堂 安藤明之
十八日の朝詣りは午前9時から行います。






