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2月 観音朝詣りのお知らせ
2026年2月13日2月15日はお釈迦様が涅槃に入られた日、涅槃会です。
お寺では2月になると涅槃図を掛け、毎日お釈迦様の最後の説法である遺教経を読誦して15日の涅槃会を迎えます。
涅槃とはパーリ語で、迷い、すなわち煩悩の火を吹き消したことを表わす言葉を漢字に音写したものです。
煩悩は自己中心の考え、それに基づくものごとへの執着から生まれます。
お釈迦様は最後の説法で修行者達に、これまでお説きになった戒めを一人一人が守って精進することこそが迷いから脱する道であるとされました。
そのために、修行者が自らを灯火とし、法を灯火としなさいとも説かれました。
お釈迦様が説かれた日々の行ない、心の持ちようについての教えは決して難しいものではありません。
法句経などには人間が幸せに生きる道が誰にでも分かるように説かれています。
また、教えの根底にある理論から構築される世界観は、科学的な世界観と矛盾するものではありません。
今日世界をリードする多くの思想家が、仏教が最も納得のいく教えだと評してもいます。
少なくとも倫理道徳としては、仏教徒でなくても誰にでも納得のいく教えであり、人類の叡智として尊重されるべきものと思います。
ただ、宗教としての仏教の尊さはその先にあります。
涅槃は釈迦という一人の人が煩悩の火を消して永遠の安らぎに入ったとの事実だけを指しているのではないのです。
煩悩の火を消し去り、世界を貫く真理を明らめて仏陀(覚者・悟った人)となった方が、肉体の制約も離れられて、時間、空間を超えた無限の世界にその慈悲を及ぼすことになられたことを涅槃というのです。
いかに行ないを正し勤めても迷いの渕にあり、あるいは勤めきれずに苦しむのが人間の姿です。
そんな人間にも仏の大慈悲は及び、導いてくださる
。これを無住処涅槃といいます。
これは理屈を超えた信仰です。
令和8年2月15日
宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺東堂 安藤明之
十八日の朝詣りは午前9時から行います。
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1月 朝詣りのお知らせ
2026年1月23日新年を迎えましたが、世の中は不穏な動きを見せています。
アメリカがベネズエラに対し軍事行動を起こしました。大統領を拉致し、ニューヨークで裁判を始めました。
ロシアによるウクライナ侵略戦争は終結が見えません。
中国が台湾に軍事的な威圧をかけ続け、その余波が日中関係に及んでいます。戦争の足音が聞こえる気がします。
戦争は指導者により、大義名分が立てられて始まります。
彼らの考えがどのようなものかは知る必要があります。
本質的に独裁体制であり人権弾圧を繰り返してきたロシアや中国はさておき、気になるのは自由と民主主義を標榜し、戦後の日本に大きな影響を与えたアメリカの考え方です。
トランプ大統領は、ベネズエラの現政権が麻薬を製造してアメリカに密輸し、その結果たくさんのアメリカ人が被害を受けていることを軍事行動の理由としました。
そして不正選挙によって成立している現政権は認められないとしました。
実際、大衆迎合政策によって国家が破綻状態になったことは事実ですし、政府高官だけでなく社会全体に不正が蔓延していることも事実でしょう。
このような国家が崩壊するのは当たり前かも知れません。
しかし、トランプ氏は世界最大の埋蔵量の石油をアメリカが自由にし、そのためにベネズエラを運営すると宣言しました。
つまり、他国を侵略し、利権を得、資源を奪い、都合のよい国家体制を作ってその国民を支配するということです。
これは、19世紀から20世紀にかけて欧米列強が行なった帝国主義にほかなりません。
その結果として二度の世界大戦が起こり全世界が惨禍につつまれました。
国連に代表される今日の世界秩序はその反省に立って作られました。
トランプ政権は、過去を顧みて反省することもなく、おのれらの利権だけを追い求めているとしか言い様がありません。
そして、こんな人たちを生み出すアメリカ民主主義が、実は強いものが弱いものを虐げるための装置として働いているのではないかという疑問も感じます。
令和8年1月15日
宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺東堂 安藤明之
十八日の朝詣りは午前9時から行います。
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12月 朝詣りのお知らせ
2025年12月20日十一月下旬、祥雲寺の境内は紅葉の季節です。
樹々や草々が一年最後の彩りを見せてくれます。
紅葉といっても彩りは様々です。
カエデやドウダンツツジの深紅、ヤマボウシは赤、黄が複雑に入り交じります。
銀杏の鮮やかな黄色、ツタの黄色に松の緑が混じります。
六十年程前に苗木で植えたメタセコイアが巨木になり、燃えるような赤茶色は圧巻です。
唱歌「もみじ」の歌詞の通りに、木々の色模様は夕陽に映える時、とりわけ美しい。
この年頃になって、草々の枯れた様にも心を留めるようになりました。
綺麗に色付くのはまれ。
茶色に、或いは白茶けた最後の姿ですが、それぞれが異なったなんとも言いがたい趣を持っています。
間もなく葉は砕けて土に還って行きますが、一年の命を生ききった姿であり、来春の命を生み出す姿であるとも思い、尊ささえ感じます。
私の結婚式の時に、父は枯れた蓮を描いた掛け軸を床の間に掛けました。
私が驚いてこれはどういう意味なのかを尋ねたところ、これは縁起物なのだと答えました。
いわれを聞きそびれてしまいましたので、ご存じの方がいたら教えてください。以下は私なりの解釈です。
枯れた蓮の茎の下には蓮根が這っています。泥田の中にあって太い豊かな根を張っている。水温む時、そこから新たな茎を伸ばし、夏には清浄無垢な花を咲かせる。
枯れ蓮は、命が豊かに長く続いていくことを象徴として表わしているのではないでしょうか。
令和7年12月15日
宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺東堂 安藤明之
十八日の朝詣りは午前6時半から行います。
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11月 朝詣りのお知らせ
2025年11月22日現在放映中のNHKの朝ドラ「ばけばけ」は小泉八雲の妻節子をモデルにしたものです。
小学校の国語の時間に紙芝居で見た「耳なし芳一」をはじめ、八雲の作品はなじみ深いものでしたので、興味を持って視聴しています。
ところが、主人公の境遇と、彼女を取り巻く人たちの生き様が、フィクションとはいえ、余りに脚色されすぎていると感じて、見るのをやめようかと思いました。
主人公のトキは、松江藩の中級藩士の娘ですが、実は上級藩士の子として生まれ、生後間もなく縁戚の両親にもらわれました。時は慶応四年、明治維新で間もなく武士の特権はなくなりました。
中学、高校の教科書には身分を失った武士達の零落が記されています。
廃藩置県後に支給された一時金を元に事業を始めた人が多かったが、商売を知らないいわゆる武家の商法で、だまされたりして没落していったと。
ドラマでも、そのことが描かれているのですが、武士達が余りにみっともなく大げさな脚色だと思ったのです。みっともなさとは別ものですが、極めつけはトキの実母が物乞いをしているシーンでした。
ところが、調べてみると、この話は事実に基づいたものらしいのです。
世の中が変わるというのは、そこに生きる人にとってどんなに凄まじいものであったかを想像します。
教科書で習っても、資料を読んでも、頭の中での理解に留まって、ドラマの映像のようには心にグサリと刺さりません。
目で見、音で聞く。
知識というのは五感を働かせ想像力を駆使して創り上げるものだということに、テレビ番組を通して気づかされました。
人生、勉強になることはどこにでもあります。
令和7年11月15日
宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺東堂 安藤明之
寒くなり、日も短くなりました。
十八日の朝詣りは午前6時半から行います。
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10月 朝詣りのお知らせ
2025年10月25日大阪万博に行きました。
興味深く見学したのは、10年後の私たちの生活をテーマにした館と、来館者の健康状態を測定し25年後の本人の姿を見せるという企画の館でした。
25年後というと私はとても生きていそうにはありませんが、ともかく見学者が自分のこととして実感できる未来を見せてくれるところが面白かったのです。
思った通り、展示されている未来の社会ではAIが縦横に駆使されていました。
人間が願う豊かさや便利さをAIが実現してくれます。
家はAIで管理されていて、家族の好みを充たし栄養のバランスがよい食事を誰もが作れるようにしてくれます。
また人工的に作られた上質の肉など、豊富な食材が使えます。
掃除、洗濯など面倒な仕事はAIがAI内蔵の機械にやらせます。
誕生日など家族の特別な日は、AIが覚えていて準備を整えます。
買い物は配信映像で注文し、ドローンが直接家まで届けてくれますから買い物難民の心配が解決します。
自動運転が普及しますから、交通のトラブルも少なくなります。
高度の修練によって技術が伝えられてきた伝統工芸は、AIが技術を分析し、精度の高い機械を開発して生産されます。
後継者がいなくて消滅する心配から解放されます。
美術館では、展示品のガイドが音声だけでなく映像で詳しく提供されます。
例えば、風景画が描かれた場所の時代背景や当時の人々の服装まで映像で見せてくれます。
以上に記したことは、既に実現されているものもあり、私にも予想のつく範囲と言ってもいいのですが、形を持って見せられると、新たな感想が生まれてきます。
それは、便利になり、現在差し迫った多くの問題が解決されるけれど、それでもって人は決して幸せにはなれないということです。
自分自身の創意工夫によって日々が過ごせてこそ生きている甲斐があるというものです。
未来とはなんと退屈なものであるかと思いました。
令和7年10月15日
宇都宮市東戸祭1-1 祥雲寺東堂 安藤明之
十八日の朝詣りは午前6時から行います。




