ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

朝まいり 栃木県宇都宮市の祥雲寺(曹洞宗) | 桜や祭りが名物の寺

朝まいりの記事

  • 九月 朝詣りのお知らせ

    2026年9月20日

     八月は15日が終戦の日なので、多くのメディアで戦争について取り上げています。

    毎年恒例のことではありますが、明治以来の近代日本の発展が敗戦という形で区切られ、その悲惨な体験の上に今があるのですから、振り返って考えることは日本人にとって大切なことだと思います。

     

     近年、日本が戦った戦争に対する見方が変わってきたように思えます。

    これまでは、軍国主義の日本が、権益拡大の国策により東アジアの国々に進軍し、戦争に巻き込んで多大な迷惑をかけたことへの慚愧と、反省が中心にありました。

    しかし、インターネットなどでは、日本の戦争を肯定し、日本軍の加害者としての事実を否定する記事を多く見かけるようになりました。

     

     この背景には、日本の国策と軍事行動を否定的に見ることを自虐の歴史観として斥ける人たちの意見が強くなってきたことがあります。

     

     確かに、かつて新聞には日本軍が中国で行なった残虐行為が何度も連載され、取材した記者は名声を博しました。

    その中には南京大虐殺など、中国側の主張にのみ基づいていて、正確な事実に疑問があるものもあります。

    戦前の日本に対して、日本人があまりに否定的に見ていて、戦争責任を一方的に決めつけられもそれを受け容れたという面はあります。

     

     しかし、戦争が無数の悲劇を生み出すという事実から目をそらしてはなりません。

    戦後80年を経て、直接戦争を体験した人はわずかになりました。

    兵士であった人、惨劇を身に受けた人の言葉を聞くことは無くなります。

    しかし、私達が曽て直接に聞いたこと。善良な人が悪魔にもなり、どんな残酷なことも行なわれる。

    戦争とは、恐ろしいものであることを身に染みこませておかねばなりません。

     

      そして、為すべきは、あってはならない戦争が起こらないようにすることに、全力を尽すことです。

     令和8年9月15日            

    宇都宮市東戸祭1-1  祥雲寺東堂  安藤明之

    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

  • 八月 朝詣りのお知らせ

    2026年8月16日

     

    広きはおしえの門にして 強きは分け入るこころざし

    人にも世にもみひかりよ 照らしてあまねく満ちわたれ

             <梅花流御詠歌誓願御和讃三番四番>

     

     中国六世紀の高僧である天台大師は、経典に説かれた菩薩が仏道を求める誓いを、四つの句に纏めました。

     衆生無邊誓願度 あまねく衆生を救わんと誓う 

     煩悩無尽誓願断  尽きることなき煩悩を断たんと誓う

     法門無量誓願学  量りがたく広大な仏法を学ばんと誓う

     仏道無上誓願成  無上なる仏道を自らも成し遂げんと誓う

    四弘誓願文と名付けられ、日本の仏教各宗派で唱えられます。

    東アジアの仏教徒共通の誓いの言葉です。

     

     冒頭の二行は、曹洞宗の御詠歌である梅花流の「誓願御和讃」の歌詞として、赤松月船老師という方が訳した四弘誓願文の三句目と四句目です。

     私はこの言葉に感激しました。僧侶として仏法を学び続けようとする志への励ましと、仏の慈悲が人を照らし世を照らす光となって自分を導いてくださるという信仰の証明と感じたのです。

     毎日のように仏前で唱えているのですから、四弘誓願文の言葉も意味も知っていました。しかし、赤松老師が訳した歌詞は心に刺さりました。

     赤松老師は、たくさんの梅花流御詠歌を作詞されました。

    平明で叙情性豊かな歌詞は、歌う人、聴く人の心に染み入り、自然に仏様の世界へと誘ってくれます。

     

     私は、大本山總持寺での修行中に赤松老師にお会いしました。

    一年ほど編集に携った月刊の本山機関誌の巻頭言を執筆いただいた方が赤松老師でした。

    編集長と話し合われる席に度々同席しました。

    求道を貫いた禅僧の風格と、人を憐れむ優しさに満ちた言葉に感じ入ったことを思い起こします。

     

     真理たる仏法は時、ところを越えて存在します。

    それを教えとして文字に表わした経典も二千年を超えて伝えられました。

    しかしそれが真理として心に響くのは、時を同じくすることのできた尊き先達、師匠によるものであると思います。

     

     令和8年8月15日            

    宇都宮市東戸祭1-1  祥雲寺東堂  安藤明之

    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

  • 七月 朝詣りのお知らせ

    2026年7月15日

    サッカーワールドカップで日本は敗れてしまいましたが、世界の強豪と渡り合えるだけの実力を付けてきていると感じました。
     小中学生の時、私はサッカー遊びが大好きでした。

    運動神経が鈍くてほかの球技はまるきりだめだったのですが、持久走だけは自信があり、蹴って走るだけのサッカーはもってこいの球技だったのです。
     その頃テレビで、東京オリンピックを控えた日本チームの強化のために、ドイツからクラマーというコーチが来たということを知りました。

    基本練習だといって、選手達の前でボールを軽く蹴上げて自由自在に足であやつる技が紹介されていました。

    リフティングといって今では小学生でもできるものですが、それがテレビの映像で紹介されるほど日本のレベルは低かったのです。

     クラマーコーチの指導は基礎技術の反復練習と実践的な状況判断を柱としたそうです。

    技術に裏付けられた頭を使うサッカーです。

    当時の日本選手は彼の教えを真剣に学び、そこから釜本、杉山といった名選手が生まれました。

     東京オリンピックを終えて帰国するに当たって、彼は日本サッカーの将来のために五つの提言を残しました。

    日本リーグの創設、選手の育成、世界の強豪と対戦する機会を増やすことなどです。

    彼を尊敬するサッカー関係者によってこれらはすべて実現しました。

     良き師であるには、良き弟子がいなければなりません。

    技術未熟ながらも才能あふれる日本選手、サッカーを愛し将来の発展を願う人たち。

    サッカーという絆で結ばれた国民的運動に指導的な役割を担うことのできたやりがいはいかほどのものだったでしょう。

    彼は2015年に亡くなりましたが、生涯最高の瞬間はと問われた時、メキシコオリンピックで日本が銅メダルを取った時だと答えたそうです。

     今回、ブラジルに敗れてのインタビューで、どの選手も、世界のトップとの力の差があることを認め、これを乗り越えていきたいと語っていました。

    謙虚さと意気込み、これがある日本はまだまだ強くなると思いました。

     令和8年7月15日
    宇都宮市東戸祭1-1  祥雲寺東堂 安藤明之
    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

  • 六月 朝詣りのお知らせ

    2026年6月21日

     

     境内北西側の谷のヒマラヤ杉が倒れました。

    樹齢は50年程だと思います。根ごと倒れたので根の張り具合がよく分かりますが大木にしては深さも広さもあまりありません。

    後ろの山に降った雨が清水となって沁みだしてくる場所で、むかし灌漑に使われた池もあります。

    根を張らずとも大きくなることができたのがよく分かります。

    これを見て、お師匠に当たる老師様からいただいた言葉を思い出しました。

     

     僧侶への第一歩、得度の儀式をお勤めくだされ私を僧籍に入れてくださったのは新井石龍老師です。

    老師は新潟県の雲洞庵という名刹の住職で、大本山の禅師様の候補にもなった方です。

    中学一年の夏、母親に連れられて弟妹共々雲洞庵にお参りしました。

     

     雲洞庵は上越国境に近く、山の麓の湧水のほとりに建てられた寺で、美しい杉林に囲まれています。

    客間からは湧水の作った池と杉林がよく見えます。

    老師はそれを見やりながら一昨年の伊勢湾台風で数十本の杉が倒れたことを話されました。

    倒れた木のほとんどが水辺に育ってしっかりした根が張っていなかったそうです。

    そして、苦労せずに育ったものは、どんなに見かけが立派でもいざというときに堪えることができない。

    辛いことがあっても決して逃げてはいけないよ。

    大風にも堪えられる人間になりなさいとさとしてくれました。

     

      老師の言葉を思い出したことが前にもありました。

    屋久島の縄文杉を見に行った時です。

    ガイドの人から、屋久島は花崗岩でできていて根を深く張ることができない。

    少ない土の中で芽を出した木は、長い年月じりじりと岩の上に根を伸ばし大木になるのだと説明を受けました。

    年に何度も台風が通過する中で育った屋久杉の偉大さを感じたものです。

     

     天災大国日本ならずとも、この世にある限り試練は付きものです。

    逃げることなく時を歩んで、細くとも屋久杉のようになりたいものです。

     

     令和8年6月15日            

    宇都宮市東戸祭1-1  祥雲寺東堂  安藤明之

    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

  • 五月 朝詣りのお知らせ

    2026年5月17日

    アメリカとイスラエルによるイラン攻撃が始まって一ヶ月を過ぎました。

    テレビでよく流される映像に、気になるというより忌まわしく思えるものがあります。

    それは、空中からの撮影で、まず爆撃の目標の建物が写って、次の瞬間木っ端微塵になる映像です。

    アメリカの国防総省あたりが提供しそれを世界のメディアが放映しているのでしょう。だいぶ昔のアメリカのイラク侵攻の時にも同じような映像が流されていました。

     

    確かに戦果を伝えるのにはわかりやすい。

    国防総省の軍人達は戦果として誇らしく思っているのでしょう。

    しかし吹き飛ばされる建物の中には人がいるのです。

    軍事目標にいるのだから殺すのは当然というのでしょうか。

    しかし、容易に人の死を想像できる映像を茶の間で眺めることに罪悪感さえ感じます。

     

    トランプ大統領は、長い歴史を持つ文明が滅びるのを世界の人は見るだろうと言い放ちました。

    旧約聖書には背徳と淫蕩の町ソドムを、神が天から硫黄と火を降らせて滅ぼす物語が出てきます。

    キリスト教徒を自認する彼は神になったつもりなのでしょうか。根底には異教徒、異なった思想に対するものすごい偏見を感じます。

     

    ベネヅエラの漁船が麻薬密輸船とされて、空からの攻撃で、洋上で木っ端微塵になる映像も流れました。

    普通の漁船かもしれないし、全員が麻薬関係者とは言えないのではとの記者の質問に対し、麻薬が船にある証拠をつかんだから船ごと破壊したのだと政権高官が発言しました。

    ヨーロッパ中世の異端審問で、無実の人もいるのではという部下の問いに、審問官が「全部殺せ。間違っていても神が天国に行くか地獄に行くかを決めてくださる」と言い放った話を思い出します。

     

    絶対神を立て、この世界の万物をランク付ける。

    そのような思想の危険性が、今、目の当たりに現われているように思えます。

     

    一切有情悉有仏性。

    この世にあるものすべて仏のあらわれであるという絶対平等の精神が今程必要な時はありません。

     

    令和8年5月15日

    宇都宮市東戸祭1-1  祥雲寺東堂  安藤明之

    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

祥雲寺行事案内

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