ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

お知らせ 栃木県宇都宮市の祥雲寺(曹洞宗) | 桜や祭りが名物の寺

お知らせの記事

  • 平成30年11月 観音朝詣りのお知らせ

    2018年11月14日

    イチョウの木と本堂

     

     10月の末はハロウィンが話題になりました。

     

     この行事はもともと古代ケルト人の収穫祭だそうです。

    ケルト人は10月31日を秋の終わりとし、冬の始まりから新しい年としました。

    この日には死者の霊が家族を訪ねてくると信じられました。

    古い記録では、祭司たちがかがり火を焚いて作物と犠牲を献げ火の回りで踊ります。

    各家庭はこの火を持ち帰って家を温め、悪霊が入らないようにします。

    子供たちは、仮面をかぶって悪魔や魔女に変装し、家々からお菓子をねだります。

    お菓子をくれないと家にはいたずらをしてもよいということになっていたそうです。

     

     私は、日本の宗教行事と共通するものが多いことに驚きました。

     

     お盆は先祖を迎える行事です。

    迎え火を焚き盆棚に火を灯します。

    夜には村中総出で盆踊りとをしました。

    秋田のなまはげは、仮面をつけ、神(鬼)となって家々を訪ねる行事です。

    十五夜に子供たちがはやしながら家々からお供え物をねだるボージボという行事もありました。

    お供えをくれない家の月見団子は盗んでもよいとされました。

     

     ケルト人は、青銅器時代に中央アジアの草原からヨーロッパにやってきた民族だそうです。

    日本も含めてアジア各地の民族や文化とつながりを持っていたのでしょうか。

     

     元々のハロウィンも含めて、いろいろな祭りに共通するのは、先祖への感謝祭であることです。

    先祖に感謝し、さらにはその霊に子孫たちが護ってもらうことを願う祭りです。

     

     全知全能の神ではなく、血のつながりを感じることの出来るご先祖に感謝を献げるのは、人間の心のはたらきとして自然な感じがします。

    一神教といわれる宗教が生まれる以前の、人間の一番素直な宗教感情だったのではないでしょうか。

     

     仏教は、この世界の真理を悟られたお釈迦様が、悟りの境地から人間の生きる道を説かれた宗教です。

    先祖崇拝は、ともすれば狭い地域や集団、一民族に限定された排他的な感情を生み出しかねません。

    しかし、悟りの光に照らされた時、すべての人間にとっての幸せの基(もとい)である普遍的な感謝の精神へと高められている、そのようにお盆行事をはじめとする日本の先祖供養について私は思っています。

     

     平成30年11月15日

                              祥雲寺住職 安藤明之

     

    十八日の朝詣りは午前6時半から行います。

  • 平成30年10月 観音朝詣りのお知らせ

    2018年10月17日

    本堂前での朝参り風景

     

     かつて電子計算機といわれたコンピュータは、進化してAI(人工知能)になりました。
     今朝(10月11日)のNHKテレビでAIを使った就職面接試験が紹介されていました。アメリカでNHKの記者が試しに受験した様子が写されました。評価は数値で表され、80数%の値が出ました。記者の感想には、機械に評価されることへの戸惑いが感じられました。

     このシステムの開発者は、人間による評価は先入観や好みなど個人的な指向に左右されやすいので、企業や組織が必要な人材を採るにはAIを導入するのがよいと話していました。ただ、開発者もAIのどのような判定の過程によって評価数値を出すのかは分からないそうです。

     人間を評価するという、本来人間によってのみなされなければな らないとされていたもの、最も人間的な分野にAIが入り込んできたのです。そして、残念ながら、このようなことはこれからどんどん増えていくと思います。

     かつて、コンピュータが人間に勝つことは不可能と言われた囲碁で、AIが世界最強棋士を破ったのは一昨年のことです。いまではAIが勝つのは当たり前と思われるようになりました。

     億、兆のさらに上の位の数の情報を処理する能力を持ち、人間の感情や価値観などもデータ化して処理します。

     AIは既に小説を書き、絵を描いています。医療診断にも導入され始めたそうですが、近い将来にAIの診断の方が医師の診断より信用されることになるでしょう。家事や、介護もAIで動くロボットがやります。

     人間より優れた能力を持ち正確で間違いが ない、そのように人間がAIを信用し、さらに言うことを聞いてくれて便利に使えると思い、AIの導入はますます進みます。

     しかし、本当にそれでいいのでしょうか。AIを使っているつもりで、実は使われ、支配されて行くのではないでしょうか。

     文学や美術は、人間の感性や価値観で捉えなければなりません。人間は死に、壊(こわ)れ行く生き物です。それだからこそ喜びも悲しみも意味があるのです。データ処理の機械とは決して馴染むことのない一線があるのです。

     平成30年10月15日
        宇都宮市東戸祭1-1-16      祥雲寺住職  安藤明之

    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

  • 平成30年9月 観音朝詣りのお知らせ

    2018年9月17日

    山形の日光参拝旅行団が祥雲寺に寄られお参りされました。

    祥雲寺住職と修行時代を共にした方だそうです。

    本堂裏手の羅漢渓にて。 先日10日放映のドラマロケの現場になりました。

     

     

     今年は災害の多い年です。

    7月の西日本豪雨、9月に台風21号の猛威、すぐ続いて北海道の地震です。

     

     9月6日のテレビには、空から撮った震源地の映像が映されました。

    山々の斜面が至る所で崩れ落ちているのを見て、アナウンサーが「これ全部けさ崩れたんですか」と問いかけていました。

    私もにわかには信じられませんでした。

     

     日本列島は、自然の恵みに満ちています。

    山は森に覆われ動物も植物も多種多様、海は世界四大漁場といわれて魚をはじめ海産物が豊か、野も長年の丹精によって造られた耕作地が広がります。

    世界でもまれな豊かな島々です。

    日本人はこの恵みを受けて命を繋いできました。

     

     しかし時至れば、山は火を噴き、地は震い、海からは大波が押し寄せてくる。

    本年のように天災が続くと、人間は自然には逆らえないことを実感します。

     

     カミ(神様)とは、自然の奥に人間を超えた力があると日本人が感じ、それを神聖なものとして表した言葉です。

    カミ(神様)に対しては、恐れ敬い畏(かしこ)み謹んで、幸せをもたらしたまえと祈ってきました。

    日本に生まれた神道は、まさしく自然崇拝の宗教です。

     

     このような宗教を持つことは、人間の心のはたらきとして自然なことではないでしょうか。

    人間は自然の中から生まれたものなのですから。

     

     自然が美しく、四季折々の変化に富み、恵みも災いももたらす、そんな風土にいのちを営んできた日本人にふさわしい宗教のあり方だと思います。

     

     仏教が日本に伝わり、神道と争うことなく、一体となった歴史を刻んできたのは、基本となる生命観、自然観がそれほど離れたものでなかったからです。

    仏教は、我々を取りまく自然を、仏様の被造物とするような考えを持ちません。

    私達は自然の一部であり、一体のものです。

     

     お釈迦様は、私達が目にする世界だけでなく、人間には捉えられない世界も含めてそれを貫く真理を悟られて、その悟りの境地から人間の生き方を説かれました。

     

     自然と調和して生きることは仏教の教えでもあるのです。

     

     平成30年9月15日 

                                          祥雲寺住職 安藤明之

     

    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

  • 平成30年8月 観音朝詣りのお知らせ

    2018年8月12日

    近所の育成会の子たちと蓮池にて

    育成会の子たちの坐禅会にて、まずは合掌の作法から

    15分ほどですががんばっていました

     

    いただきます ごちそうさま(でした)

     

     昭和になってから広く使われるようになったのだそうですが、ともかく素晴らしい言葉です。

     曹洞宗の修行道場では、食事の前に五観の偈を唱えます。

    意味を要約しますと

    1、この食べ物がここに来るまでの、天地の恵み、人々の労苦に思いをいたします。〈天地人の恵みへの感謝〉

    2、私がこの食べ物を戴くだけの行いをしているかを省みます。(自らの行いへの内省)

    3、正しい心を保つ修行として、食べ物へのむさぼりやすき嫌いをいたしません。(食事も修行とする表明)

    4、この食べ物は、私の命を保つための貴重な薬であるとの思いをいたします。(食物の貴さの自覚)

    5、仏さまの説かれた道を成し遂げるために、この食べ物をいただきます(最高の高みに向かう志の表明)

     食事を終えて最後に次の言葉を唱えます。

    願わくはこの功徳をもって、あまねく一切に及ぼし、

     我らと衆生とみな共に仏道を成(じょう)ぜんことを

     

     仏道修行の志を持って食事するならば、それは功徳を積む行となります。

    自分の積んだ功徳をおのれのものとしないで、世の中すべてのものにめぐらし向けて、すべての幸せを祈る。

    この言葉は普回向文といって、仏教徒共通の祈りの言葉です。

    「いただきます」、「ごちそうさま(でした)」の心をひもといて行くと、この五観の偈の言葉と通じ合うと思います。

    「いただきます」は、人間を超えた大いなるものとこの世に共に生きる人たちへの感謝を、敬意を持って端的に表しています。

     

     「ごちそうさま」は、食事を調えるために馳せ、走りまわった人へのねぎらいと感謝の言葉です。

    普段、何気なく使っている言葉の意味を考えてみることも大切です。

    それによって言葉に魂がこもりますから。

     また逆に、深い意味を持つことを簡単な言葉にすることの素晴らしさも感じることができます。

     

     平成30年8月15日

                            祥雲寺住職 安藤明之

    十八日の朝詣りは午前6時から行います。

  • 平成30年7月 観音朝詣りのお知らせ

    2018年7月16日

    庭の草むしりは当たり前のことですが雑草を取り除く作業です。草をのび放題にしていてはせっかく植えた草花も雑草に負けてしまいます。しかしこれは実は人間の主観に基づいた独りよがりの行いです。人間が勝手に思い描いた美しい庭にするためにこれは有用な草、これは雑草と選別しているのです。選別される雑草にとっては迷惑このうえない。雑草もこの世に生を受け、生きているのです。

     自然のままの原生林は、非常に調和のとれた美しいものだそうです。何万年の歳月を待てば美しい自然が出来上がるのです。しかし人間はその年月を待つことは出来ない。自分の寿命にあわせて思い通りのものを実現しようとします。

     田や畑では食料を得るためには除草しなければならないし、害虫も駆除しなければならない。しかしどんな虫もバイ菌でさえもそれぞれが意味を持って生きています。それを我々人間が生きんが為に選別し排除していくのです。

     更に、人間らしく生きるためにということで、自然の中で与えられた以上のものを奪ってもいます。しかしこのような人間のあり方を否定することは人間には出来ないことです。人間は動物ではありますが裸では生きられません。

     要するに、人間は自然の中ではずいぶんと迷惑な存在、罪な存在であることを知るべきです。

     このような人間が地球の中で生きてゆくときに忘れてはならないこと……まず第一にこのような人間を生かしてくれている自然に対して深い感謝の思いを持つこと。必要以上に奪うことなく自然を大切にしていかなければなりません。……第二に生きんが為に選別するならば、せめて人間同士は決して差別しあうことがないようにすること。人間同士が差別し争うことは、人間を生かしてくれている自然の恩に背くことです。

      平成30年7月15日祥雲寺住職  安藤明之

     

    十八日は観音様の朝詣りの日です。午前六時からお詣りを始めます

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