ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

写経会 栃木県宇都宮市の祥雲寺(曹洞宗) | 桜や祭りが名物の寺

写経会

  • 令和8年1月 朝坐禅会「指月の会」案内(1月25日朝6時半より)

    2026年1月25日

    昨年末羅漢像完成記念式典稚児さん達と

    門松は 冥土の旅の 一里塚

                                  一休宗純 和尚

     

    新年明けましておめでとうございます。

    一月も下旬となりましたが、とにかく年末から寒い冬でした。

    例年以上に気温の低い日が続いて、最高気温5~7度というのは近年になく冬らしい冬です。

    また祥雲寺は境内東側に八幡山があるので日の出が一時間近く遅くて、今時分は7時半ころにならないと朝日が境内に差さないのです。

    日が差して漸く凍り付いた屋根や境内の土が溶け始めて、息を吹き返すような心地で日の出を待ちわびる今日この頃です。

     

    寒い日が続くと体調もそうですが気持ちも落ち込んだ調子になりやすいものです。

    いつもの常套句なのかもですが、先日買い物先で会った檀家さんとの会話で

    「オレまた一つ年くっちまったよ」

    と言われました。

    年配になると一歳年を取るごとに健康への愁いや体力の懸念等、追い立てられるような心持ちになるものなのでしょう。

    上記の言葉はみんなご存じとんちの一休さんの元となった、室町時代の禅僧一休宗純和尚の言葉です。

    身も蓋もない言葉で、正月の賑々しさを害するへそ曲がりに見えるものですが、人間どんなときでも時間は経過して自らは老いていくのだから、各々成すべき事を成すべく怠るな、との一休禅匠らしい警句なのでしょう。

     

    年を取る、無常というものを感じる時でもあります。

    誰しもが年を取る、時に悲しみを感じるそれは万人に平等で。

    だからきっと、この事実を受け入れていく術は、自らが納得出来るよう日々を勤め励み、その納得の積み重ねの上にこそネガティブなばかりでなく蓄積や向上、レベルアップとでも受け入れられもするのでしょう。

    無常というのは変わると言うことは、自らの努力によってある程度改められるということとセットなものです。

     

    さりとてそのまま諸行無常、変化は道理なのだから受け入れなさい、受け入れられない自らの心の動きそれこそが執着なんだ苦しみの元なんだ、なんて言って聞く耳を持つ人ばかりなわけはありません。

    理屈を言うより前に、塞いだ気持ちの人には同じ目線で近くに寄り添って、一人じゃないよ怖くないよと接する事が先のはずです。

    だから私はこの檀家さんにはこう返しました。

    「大丈夫、私も一緒に年食ってるよ。足腰痛んでやってられないですよねー」

    年老いていくのは皆同じ。

    「施無畏」、恐れることはないのだと教え諭し伝える慈悲の言葉とまでにはおよばずとも、ドイツの詩人の言葉にあるような、嬉しいことは二倍悲しみが半分になってくれるように、せめて一人じゃないよと思って貰えるように、一時でも言葉が届いてくれていればと願うばかりです。

     

    祥雲寺 安藤淳之

     

    偏りのない、こだわりのない、囚われのない時間。

    欲から離れた、我を起点としない時間。これがそのまま非思量、ほとけ心に生きられる修行です。

    我を離れることの出来る閑かな時間、坐禅の時間を御一緒にいかがですか?

    この指月坐禅会は第四月曜日朝に毎月行っています。
    当分の間は6時半開始、一炷(坐禅一座)のみとなります。
    初めての方は15分前に来てください。
    来月の開催は2月23日となります。
    また、雀宮善応院坐禅会は第四水曜日以外毎週行っています。
  • 1月 朝詣りのお知らせ

    2026年1月23日

    昨年末 羅漢像完成記念式典

     新年を迎えましたが、世の中は不穏な動きを見せています。

    アメリカがベネズエラに対し軍事行動を起こしました。大統領を拉致し、ニューヨークで裁判を始めました。

     

     ロシアによるウクライナ侵略戦争は終結が見えません。

    中国が台湾に軍事的な威圧をかけ続け、その余波が日中関係に及んでいます。戦争の足音が聞こえる気がします。

     

     戦争は指導者により、大義名分が立てられて始まります。

    彼らの考えがどのようなものかは知る必要があります。

     

     本質的に独裁体制であり人権弾圧を繰り返してきたロシアや中国はさておき、気になるのは自由と民主主義を標榜し、戦後の日本に大きな影響を与えたアメリカの考え方です。

     

     トランプ大統領は、ベネズエラの現政権が麻薬を製造してアメリカに密輸し、その結果たくさんのアメリカ人が被害を受けていることを軍事行動の理由としました。

    そして不正選挙によって成立している現政権は認められないとしました

    実際、大衆迎合政策によって国家が破綻状態になったことは事実ですし、政府高官だけでなく社会全体に不正が蔓延していることも事実でしょう。

    このような国家が崩壊するのは当たり前かも知れません。

     

     しかし、トランプ氏は世界最大の埋蔵量の石油をアメリカが自由にし、そのためにベネズエラを運営すると宣言しました。

    つまり、他国を侵略し、利権を得、資源を奪い、都合のよい国家体制を作ってその国民を支配するということです。 

    これは、19世紀から20世紀にかけて欧米列強が行なった帝国主義にほかなりません。

    その結果として二度の世界大戦が起こり全世界が惨禍につつまれました

    国連に代表される今日の世界秩序はその反省に立って作られました。

     

     トランプ政権は、過去を顧みて反省することもなく、おのれらの利権だけを追い求めているとしか言い様がありません。

    そして、こんな人たちを生み出すアメリカ民主主義が、実は強いものが弱いものを虐げるための装置として働いているのではないかという疑問も感じます。

     

     令和8年1月15日            

    宇都宮市東戸祭1-1  祥雲寺東堂  安藤明之

    十八日の朝詣りは午前9時から行います。

  • 令和8年1月の諸行事

    2025年12月31日

    本堂前、大ぶりの松と竹の幹で立てられた門松

     

    1月の諸行事 ご興味のある方はお問い合わせ下さい。

     

    ■元朝祈祷

     除夜の鐘終わって未明に檀家信徒の一年の身体健全諸願成就無病息災を祈祷します。

     祈祷したお札は一月上旬に檀家全てに発送します。

    ■雀宮善應院坐禅会(第四水曜日のみお休み)

     宇都宮南町1番36号「善應院」にて毎週水曜日(第四以外)夜6時から行っている坐禅会です。

      1月7日 14日 21日

    ■月例坐禅会「指月の会」(126日)

     祥雲寺本堂にて毎月第四月曜朝6時半から行っている坐禅会です。

    ■テラヨガ(ヨガ教室)

     阿久津先生指導の下第一第三金曜日10時半から。初心者クラスは第二第四金曜日10時半から

    ■陶芸教室「祥陶会」

     駐車場下の作陶場にて毎週火、木午後1時から行っています。

    ■石彫会「羅漢の会」

     毎週土曜午後、駐車場作事場にて石仏の彫刻を行っています。指導は松原「金野石材店」

    ■茶道教室

     月二回火曜日午後1時半から、裏千家平山尚子先生のご指導の下行っています。

      初釜13日 お稽古27日

    ■写経会

     写経会は5月から11月、第二日曜日午後2時から行っています。

      4月花祭り写経会までお休みとなります。

    ■御詠歌

      1月27日 鉦おこし(新年初回御詠歌練習) 午前10時から

     

    ■フラワーアレンジメント教室

     南宇都宮駅前「フラワー花亀」亀井先生指導の下第四水曜日午後1時半より行っています。

      1月24日 花材代2,500円

    ■折り紙教室

     カルチャースクール講師長谷川京子先生指導のもと第3水曜日午前10時よりより行っています。

      1月21日

    ■クラフトペーパー教室

     同じくカルチャースクール講師長谷川先生指導のもと第2月曜日午前10時より行っています。

      1月12日

    ■観音朝詣り

     境内33観音霊場を18日朝にお参りするミニ巡礼会です。開始時間は季節により前後します。

    今月は午前 9 時 から             祥雲寺℡(028)622-5719

  • 令和7年12月朝坐禅会「指月の会」案内(12月22日朝6時半より)

    2025年12月21日

    12月1日無縁供養

    引き続き水子地蔵尊例祭

     

     「仏道をならふといふは、自己をならふなり。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。」

                                  『正法眼蔵』 「現成公案」巻

     

    今年も年末が近づいてきて、寒さも深まって感じられる所です。

    しかし境内掃除で入り口の梅林の木を仰いでみれば、紅梅のつぼみが少しずつ膨らんできていて、寒い中でも春を迎える準備は進んでいるようです。

    正月を迎春と呼称するのは旧暦の正月が二月であった事の名残りの様ですが、春を待ち遠しく思う身には気持ちばかりでも春を先取りして呼び込もうとする賑々しい言葉遣いに感じられます。

     寒さ深まる年末ですが悪いばかりでもなく、大掃除や整理整頓が済んでくればお寺の用事も段々少なくもなってきて、時間が作りやすくなる時期でもあります。

    夏以来評判になって長らく気に掛かっていた映画「国宝」を漸く見に行くことが出来ました。

    大変に、良かったです。

    6月以来のロングラン放映で朝一上映だから空いてるかと思いきや結構人が入っていて、客層見てると若い人やカップルもいて、これだけ評価高いと全年齢的になるようです。

    余談ながら見てきた話をマダム層の多いヨガ教室でしたら皆さん一気に涌いて、私は二回見てきた私は三回よ、とリピーターが多いというのも納得できる反応でした。

    「国宝」の筋立ては大まかに言うなら、昭和中期の極道の跡取りが見込まれて歌舞伎の名門に弟子入りし、そこの御曹司と切磋琢磨しながら役者として成長し、もがき苦しみながら芸道の高みへと上り詰める波瀾万丈のストーリーです。

    徹頭徹尾美とは何か、「きれい」を追究し続ける軸が通っているのが見やすさの秘訣なのでしょう。

    「国宝」の良かった所語りたい所は沢山あるのですが、私に強く刺さったのは先駆者として出てくる人間国宝万菊師匠の台詞です。

    出奔した主人公の相方であった御曹司が戻ってきて、万菊師匠が指導しているときの言葉。

    「あなた歌舞伎が憎くて憎くてしょうがないんでしょ。でもそれでいいの。それでもやるの。それでも毎日舞台に立つのがあたしたち役者なんでしょうよ」

    技芸の道に錬磨した先達の目の確かさ、柔らかな肯定と飲み込めと促す発破がけ、実践してきた人間だろうからの説得力。

    語りたいことの多い部分ですが、これは多くの研鑽を要する「道」に共通するものだと思うのです。

    綺麗事で語れるのは初等の頃ばかりで、深まるほどに軋轢としがらみは増し、純粋純一でなくなり窮屈に重苦しくなって、いつしか最初の輝きを見失っていく。

    それでも歩む、その先にあるものを信じて。

    それが道、ってものなのでしょう。

    上記の言葉は我が宗門の祖、道元禅師の遺された言葉でおそらく最も有名なものでしょう。

    ふつつか乍ら私なりに意訳するならば

    仏教を学び実践するということは自己の存在を定義することでもある。

    だが仏道を歩む中でいつしか我(自分中心に物事を見て思考する世界観)は薄く小さくなっていく。

    我を起点としなければ縁起の道理、お陰様に私は生きて生かされている「事実」に「証せられる」

    自他の関係性の中で構築され定義される身と心から脱げ落ちていくのである。

    仏道も又長い道のりを歩み、生涯をかけて取り組むものです。

    多くの立派な先達のお姿を信じ、国宝主人公の激しさには及ばず乍らもこの道を歩いて行きます。

     

    祥雲寺 安藤淳之

     

    偏りのない、こだわりのない、囚われのない時間。

    欲から離れた、我を起点としない時間。これがそのまま非思量、ほとけ心に生きられる修行です。

    我を離れることの出来る閑かな時間、坐禅の時間を御一緒にいかがですか?

    この指月坐禅会は第四月曜日朝に毎月行っています。
    当分の間は6時半開始、一炷(坐禅一座)のみとなります。
    初めての方は15分前に来てください。
    来月の開催は1月26日となります。
    また、雀宮善応院坐禅会は第四水曜日以外毎週行っています。
  • 12月 朝詣りのお知らせ

    2025年12月20日

    十一月下旬、祥雲寺の境内は紅葉の季節です。

    樹々や草々が一年最後の彩りを見せてくれます。

    紅葉といっても彩りは様々です。

     

     カエデやドウダンツツジの深紅、ヤマボウシは赤、黄が複雑に入り交じります。

    銀杏の鮮やかな黄色、ツタの黄色に松の緑が混じります。

    六十年程前に苗木で植えたメタセコイアが巨木になり、燃えるような赤茶色は圧巻です。

    唱歌「もみじ」の歌詞の通りに、木々の色模様は夕陽に映える時、とりわけ美しい。

     

      この年頃になって、草々の枯れた様にも心を留めるようになりました。

    綺麗に色付くのはまれ。

    茶色に、或いは白茶けた最後の姿ですが、それぞれが異なったなんとも言いがたい趣を持っています。

    間もなく葉は砕けて土に還って行きますが、一年の命を生ききった姿であり、来春の命を生み出す姿であるとも思い、尊ささえ感じます。

     

     私の結婚式の時に、父は枯れた蓮を描いた掛け軸を床の間に掛けました。

    私が驚いてこれはどういう意味なのかを尋ねたところ、これは縁起物なのだと答えました。

    いわれを聞きそびれてしまいましたので、ご存じの方がいたら教えてください。以下は私なりの解釈です。

     

     枯れた蓮の茎の下には蓮根が這っています。泥田の中にあって太い豊かな根を張っている。水温む時、そこから新たな茎を伸ばし、夏には清浄無垢な花を咲かせる。

     枯れ蓮は、命が豊かに長く続いていくことを象徴として表わしているのではないでしょうか。

     令和7年12月15日            

    宇都宮市東戸祭1-1  祥雲寺東堂  安藤明之

    十八日の朝詣りは午前6時半から行います。

祥雲寺行事案内

祥雲寺で行ってる月例行事や年間行事、その他法要・祭りなどについてのご案内です。 行事カレンダーもご確認ください。