ごあいさつ

宇都宮市の祥雲寺は歴史のある曹洞宗のお寺です。
栃木県庁のすぐ北にあり、自然林の中には西国三十三番の観音像が祀られています。
また、樹齢350年を超える枝垂れ桜の老樹は県天然記念物として有名です。
たくさんの方々に仏教を親しんでいただくことを願いとし、様々な信仰行事を催しています。

ようこそおまいり

栃木県宇都宮市の祥雲寺(曹洞宗) | 桜や祭りが名物の寺

新着ブログ

  • 3月の行事案内

    2021年2月28日

    石彫会作業風景。石屋さん指導のもと「500羅漢」お釈迦様のお弟子さん500体完成に向けて彫っています。

    節目ごとには囲炉裏でバーベキュー、納涼会など楽しみながら作業しています。

    3月の諸行事
    今月から月ごとの行事案内を載せていきます。
    ご興味の方は電話にてお問い合わせ下さい。
     
    ■雀宮善應院坐禅会(第四水曜日のみお休み)
     宇都宮南町136号「善應院」にて毎週水曜日夜6時から行っている坐禅会です。
      33日、10日、17日、31
    ■月例坐禅会「指月の会」
     祥雲寺本堂にて毎月第四月曜日朝6時半から行っている坐禅会です。
      322
    ■テラヨガ
     この春からの新企画。阿久津先生指導の下第一第三金曜日午前10時半から行っています。
      3月5日、19日
    ■陶芸教室「祥陶会」
     駐車場下の作陶場にて毎週火、木午後1時から行っています。
      平常開催
    ■石彫会「羅漢の会」
     毎週土曜午後、駐車場作事場にて石仏の彫刻を行っています。指導は松原「金野石材店」
      平常開催
    ■茶道教室
     月二回火曜日午後に、裏千家鈴木先生のご指導の下行っています。
      3月2日、16日開催
    ■写経会
     写経会は5月から11月、第二日曜日午後にて行っています。
      今月はありません
    ■御詠歌
     祥雲寺住職、並びに栃木市豊栖院飯塚先生の指導の下月2回行っています。
      3月9日は本年最初の練習日「鉦起こし」です。
    ■フラワーアレンジメント教室
     南宇都宮駅前「フラワー花亀」亀井先生指導の下第四水曜日午後1時半より行っています。
      3月24日開催
    ■折り紙教室
     カルチャースクール講師長谷川京子先生指導のもと第3水曜日午前より行っています。
      3月17日開催
    ■クラフトペーパー教室
     同じくカルチャースクール講師長谷川先生指導のもと第2月曜日午前より行っています。
      3月8日開催
    ■観音朝詣り
     境内33観音霊場を18日朝にお参りするミニ巡礼会です。開始時間は季節により前後します。
     今月は午前6時から
    ■東日本震災慰霊法要
     311246分、しだれ桜裏の無縁供養塔内の東日本震災慰霊塔にて読経の予定。
    ■山本観音堂開扉法要
     317日昼、市内山本地区観音堂にて例年ご開帳を行っていますが、今年はコロナ禍の為中止。
  • 令和3年2月 朝坐禅会「指月の会」案内

    2021年2月21日

    涅槃図へのお参り。

     

    小欲知足
     
     215日はお釈迦様の亡くなられた命日です。
    お寺では涅槃図という、臨終の床に着かれたお釈迦様の回りを沢山の方が見守り悲しんでいるシーンの図を掲げ、この日を偲びお経を上げます。
    この時に読むお経が、まさにこの臨終の場で説かれた遺言の教え、遺教経です。
     
     この遺教経の中で説かれている言葉に小欲知足があります。
    欲をかかず、(求めずとも)足りることを知ることは心の平穏に繋がるんだよ、というお諭しの言葉です。
    私がこの知足を考えるとき、出てくるのは学生時代に読んだムーミンの登場人物、スナフキンの台詞です。
    何でも自分のものにして持って帰ろうとすると難しいものなんだよ。ぼくは見るだけにしてるんだ。そして立ち去るときにはそれを頭の中へしまっておくのさ。そのほうがかばんをうんうんいいながら運ぶより、ずっと快適だからね。
     
     ムーミンは子供心には少し不思議な外国の童話でしたが、大人になってから見ると実に味わいのある物語で、殊にスナフキンの存在は異彩を放っています。
    旅人として一人歩むものとして、世俗に交わらず欲に惑わされることを避け、身も心も身軽であることの素晴らしさを教えてくれているように思います。
    洋の東西を問わず、一人歩もうとする人の言葉には共通点が出てくる物だと改めて感じました。
     
     最後に祥雲寺で檀務に用いている『略訳遺教経』の中、少欲知足を書いた章を載せて結びとします。
    「おんみら修行者よ、求むる処少なきものは心安らぎてうれいおそるることなく、ことにふれて足らざることなきを。もし悩み苦しみを逃れんには足るを知るにしくはなく、さとりの安楽を求めんにはひとり閑かに想うべし」
     
                     祥雲寺副住職 安藤淳之
     
    当分の間6時半からの一座のみとなります。
  • 新春企画 テラヨガの開始(3月5日より)

    2021年2月17日

    入口の梅も今が見ごろ、まもなくの春到来を喜んでいるようです。

     

    この春より、祥雲寺にてヨガ教室、テラヨガを始める運びとなりました。

    お若い方も年配の方も、ご興味の方はお越しいただければ幸いです。

    詳しくは後日に掲示します。

     

    日時:3月5日金曜日 10時半より (当座第一第三金曜日に行う予定です。

    場所:祥雲寺受付2階

    先生:阿久津 通恵先生

     https://ameblo.jp/yogamichie/

  • 令和3年二月 観音朝詣り

    2021年2月17日

    門前の昭和小学校児童の社会科見学

    住職からの説明に元気に質問していました。

     

    (いにしえ)より民(たみ)を駆()るは信誠にあり
                               王安石の詩「商鞅」より
    <意味>  昔から人を動かすのは言葉をたがえないことにある
     
     アメリカ大統領の就任演説と管首相の所信表明演説を比べるテレビ番組のコメントや新聞雑誌の記事がたくさんありました。 
    日本の首相を褒めたものは見聞きしませんでした。
    聞くものの心に訴えてくるものがないというのです。
     演説は人の心を揺り動かして演説者の思うところを人に納得させ、さらには行動を促すためにするものです。
    ヨーロッパではギリシャ・ローマ時代から人の上に立とうとする者にとって必須の素養とされました。
     チャーチルは少年時代、勉強嫌いの落ちこぼれ生徒でしたが、国語(英語)だけは好きで、特に人の心に訴えかける修辞法を熱心に勉強しました。
    彼の演説は、英国民を奮い立たせ第2次世界大戦を勝利に導きました。
     確かに政治家にとって演説は大事なものですが、文化の違いを考えないで、演説の善し悪しを比較するのはいかがなものでしょうか。
    日本の政治家は概して演説は下手ですから、その中身を丁寧に伝えるのが報道機関にとって何より大切だと思うのです。
    私は管総理の政治姿勢や手法には大きな問題があると思っていますが、それはさておいて、演説の技巧に目を向けすぎると、薄っぺらな報道になってしまいます。
    また、相手を言い負かして自己主張するだけの無責任な論調も蔓延しているように思えます。
    仮に内容に問題のある演説を無批判に持ち上げるようなことがあれば、それは国の将来を誤ります。
    チャーチル以上の演説の名手はヒトラーでした。
     王安石は、中国の北宋時代に国の改革を成功させた政治家です。彼は言葉は信頼にあると考え、冒頭の言葉に続いて
    「一言を重しとなし百金軽し」と言い切っています。
    言葉に責任を持つことを信(まこと)と言うのです。
    令和3年2月15日
    宇都宮市東戸祭1-1  祥雲寺住職  安藤明之
      寒さ厳しい時ですので
    十八日の朝詣りは午前9時から行います。
  • 令和3年1月 朝坐禅会「指月の会」案内

    2021年1月24日

    正月の門松。境内の松と竹を切って立てています。 正月の後、例年は門前の昭和小でやるどんと焼きに使われます。

    諸行無常
     
     今年も宜しくお願いします。
     
     栃木県も年始から緊急事態宣言が出され、様々自粛や制限の中で日々を過ごしています。
    このコロナ禍を思うとき、時折学生時代に読んだ小説を思い出します。
    村上龍の書いた『ヒュウガウィルス』という本です。
     
     この作品の舞台は、第二次世界大戦で日本が降伏せず本土決戦を行い、数十年経ってもトンネルにこもってゲリラ戦が続く世界です。
    九州のヒュウガ村からエボラウィルスをさらに凶悪化したような病気が都市部に蔓延し、その対応のために軍の部隊が派遣され対処に当たるストーリーです。
    現地に到着しウィルスの猛威を目の当たりにし、うちひしがれて人間の弱さを嘆く兵士に科学者が言った言葉が強く記憶に残っています。
     
    「われわれの体を構成する分子は脆くて壊れやすいつながり方でつながっている。
    だから化学反応が可能で、全体として信じられないような生体のシステムが生まれた。
    強い結合で結ばれれば鉱物になってしまう。
    鉱物は何億年経ってもほとんど変化がない。
    人間は柔らかい生きものだ。
    その柔らかさ、脆さ、危うさが人間を人間たらしめている」
     
     私の中で「無常」の理解の土台ともなっている一節です。
    人は脆い、変化しやすいからこそ人たり得るのだ。
    それを嫌ってもそうでないならそれは人間ではない。
    変化するからこそ何かが起こる、何かが出来る。
    喜ばしいことも悲しいことも変わるからこそ変われるからこそ、無常だからこそなんだ。
    ならばそれは良い悪いで見るものではなく、世の道理、真理として受け入れていくものなのだろう。
    私たちは変わるからこそ、今のような人なのだろうから。
     
     このコロナ禍で激変してしまった時代、それでも私たちは生きています。
    環境変化の規模は大きくても生きることは変化し続けることです。
    この変化の中で、それでも僧侶としての本分を見失わず、為し得ることを探して行っていく。
    変化を受け入れ、そして本分を忘れないことが、今私ができる最善のことなのだと信じています。
                                  祥雲寺副住職 安藤淳之
    明日の朝坐禅会は略した形で6時半より行います。
祥雲寺行事案内

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